第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。




"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 2001年11月17日、浜田真理子の初プロデュース・ライヴを吉祥寺のスターパインカフェでやった。彼女にとってもそれが東京では初の公的なコンサートだった。だが、どうしてそういう御鉢になったか今ひとつ釈然としないところがあった。それは俺が浜田真理子を元から知らなかったからだが、当通信のデザイナーの山田真介や元スタッフだった島地正彦に教えられて、唯一のソロ・アルバムを聴くや即ち確信に変わったのだが、当日までの過程が偶然やスケジュールに左右され仲々大変だった。
 遡る5月19日、法政大学の新入生歓迎コンサートに複数バンドの一人として浜田真理子は出演した。学生会館と侮るなかれ、この学館ではロックス・オフという学生組織が伝統的にプロデュースして、時代の先端を行く音楽を六十年代から提供していて、近年はジョン・ゾーンやビル・ラズウェルお気に入りの場としてブリブリ言わせていた現場だ。その日は日頃コンサートの企画を協力してもらっている岩渕聡が関わっていた。ところが前日、大阪はミナミで顔だった「イヴ」のボス叶岡正胤が死んだという報らせが入り、法政大には行けなかった。その頃、九月末おおたか静流、鬼怒無月、KOKOO(尺八と筝ニ台でP・フロイドやELPなど演奏する)のセットで北京〜大連公演を企んでいて、三枚四枚舌の中国人相手に難攻していた。静流には中国で人気の『花(花心)』を北京語で歌う特訓を命じた。その前にチェホワ祭を企画した両国のシアターXに照合させた「ピアノのかもめ・こえのかもめ」とタイトルした、チェホワを俎上に乗せて作家多和田葉子が自己流に料理した台本をもとに、自らの朗読と高瀬アキのピアノのドイツ在住コンビで知的に丁々発止する。中に島田雅彦が混ざるというステージ・ツアーがあった。
 又それを縫うようにして韓国の哲人にして日韓文化の架け橋の人金大煥(04年死去)ツアーが9月も10月も控えていた。そういえば5月の金ツアーの一日は法政大学館だった。休憩時間に出演者の大友良英が息せき切って、「相米さんが来てる」と俺に教えてくれた。9月9日、その相米慎二の訃報が、筑波のカピオホールで「ピアノのかもめ・・・」のリハーサルの最中に入った。夜中東京に帰って来ると台風15号が荒れ始めた。そして、9月11日ニューヨークでは世界貿易センターやペンタゴンへの〈同時多発テロ〉が起きた。13日の相米慎二の通夜には出席できたが、翌日の告別式は金大煥ツアーで山梨に行かねばならなかった。
相米の死は一映画監督の死ではなく、
日本映画のひとつの死だとだと実感した。
それから、一週間前にやっとワーク・ビザが下りて―バカヤロ!―27日北京に出発ということになった。これでやっと浜田に辿り着けるかと思ったら、10月23日、多和田・高瀬にドイツのミュージシャン、ダンサーを加えた日独合作の「8プロジェクト」の主役であり振付・ダンサーの古川あんずのこれ又訃報が届いた。ドイツから故国日本に帰った遺骨を前に、11月11日赤坂のドイツ文化センターでお別れ会が開かれた。
 果たして11月17日会場は満席で溢れた。オープニング・アクトの因幡修次が、知る者だけがそこに立てる暗黒の情念を吠えると、三番手のTsuki no Waの非現実的なサウンドと、フミノスケのフェミニンなハイトーンが銀河系へと客を誘った。そして浜田真理子の登場だ。「Mariko」を「レディ・ジェーン」でしつこく掛けてしつこく何十枚も売った。買った連中は皆来ていて皆泣いていた。自作詞の持つ繊細さと毒と独特の呼気と吸気の歌唱法も勿論あるが、多分
ノルアドレナリンの放出が
異常なのだと思っている。
交感神経作用のなすなすところだ。
今年3月店の30周年祭をベニサンピットでやったのだが、そこに祝賀で参加してくれたバンドのひとつが、縁も由縁もなかった浜田真理子と前出の大友良英だったわけだから、交感神経のシナプスとしか言えないではないか。まだ暫く生きているといいかも知れない。




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