第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。




"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 3月30日の夜ニュース23の中で〈シリーズ街が変わる〉をやっていた。岐阜市や佐賀市の中心繁華街の現状を写し出していて、改めてシャッター街が象徴する地方都市の中心街の衰退の進行の速さに唖然とした。密集地をはずれた郊外に過熱する大型ショッピングセンターの出店競争があって、大型だからデフレの時代に即した低価格販売が可能で、しかも一店で買い物が済んでしまうところが人を魅きつけるのだ。中心街の映画館はつぶれ百貨店が閉店したのは、郊外に土地開発を誘致して病院や専門学校や高層住宅など、人が集合する施設を加速度的に増やしたことが大きな一因で、人間関係や面と面の向き合いを遮断して、
場当たり的に無計画に街ではなく
ビルを建てた行政や商店街責任者たち
自らに帰因するところだ。
慌てて今反省している図は滑稽である。――笑っている場合はフジテレビだけで良い。当エッセイでも何回と取り上げた下北沢の道路建設や駅前の再開発でしもきたらしさを解体しようという行政の企てが今喉元まで突き刺さろうとしているのだ。
 2002年の年が明けたばかりの「レディ・ジェーン」の閉店時、まだ飲み足らなそうな客高津晋二を連れて、駅北口の元闇市マーケットの中にあるおでん屋台に行った。何と言うことはない、いつものようにたまたま2002年の年明けのことで、横浜の市ヶ尾から車を飛ばして来るのだが、「ぽんじり」という焼鳥屋を閉めて来るので毎度閉店時近くなる。彼が市ヶ尾を舞台にした映画を撮りたいと言うので”何ッ“と、竹中直人の会で岩松了が作演出した名舞台『市ヶ尾の坂』の舞台ビデオを、岩松了から借りて上げたのだが、その後映画はどうなったことだろう。舞台は市ヶ尾の三兄弟に女が闖入する話だが、劇場は92年の下北沢の「本多劇場」だった。おでん屋は「せっちゃん」と言う。下北沢の街を象徴するこの市場に夜のおでん屋台が、俺が来た66年には、入り口に近いのが「しばはら」、奥に「六さん」、そして知る者だけの合言葉クラブ節子が真ん中に三軒あった。当時は三軒が一台の練炭火鉢を使い廻しで焼き魚を焼いていた。冬はかじかむ足をストンプしながら飲み、夏はタラタラ汗を掻きつつ飲んだ。80年代に六さんが無くなり、90年代にはしばはらが無くなり、今はせっちゃんの後を継いだ娘の光子ママも亡くなり弟のカズオが脱サラして一軒だけ頑張っている。「レディ・ジェーン」を出して以後30余年の間には、多くの有名俳優、監督、演出、脚本家、プロデューサー、ミュージシャン、バーやレストランのオーナーと何百人のVIPを当クラブにご招待したことか。決まって明け方だったが、朝ゆっくりと市場が閉店するまでやっていたので時間は充分過ぎる程だった。
 暖簾というより寒風避けの戸板をずらして入ると、ヒソヒソ話でしのび逢いの風情をしている文壇の貴公子の異名をとる島田雅彦がいた。7・8人で目一杯の屋台内、ここでは格好は付けられない。意を決して全解放するしかなかった。01年の秋、両国の「シアターΧ」のチェーホフ演劇祭の企画公演に、多和田葉子が連想飛躍してチェーホフを料理した台本を自ら朗読し、高瀬アキがピアノを初め鳴り物パフォーマンスする、実験性の高い即興性不条理劇のプロデューサーとして関わった時、外大露文科卒の経歴を持つ島田雅彦をくどいて、ゲスト出演してもらった経緯があった。ドイツから帰って来た『ピアノのかもめ 声のかもめ』の女優のような二羽のかもめ相手に、二枚目トリゴーリンは如何に演じたかは客のみ知るだが、その夜の舞台はおでん屋台だった。演じるのは難しい。舞台で演じる演劇の街下北沢は、役者もミュージシャンも路地や酒場では演じない。
社会的な人たちも下北沢の磁場に向っては
君の横に並んでる感覚にさせる
素っぴんの街なのだ。
 そういう場を自己流にトポスと呼んでいる。独自文化を自然形成した街でトポスを持つ街は、日本で下北沢しか無いかも知れないと一瞬思う。そして、“みんなの気を魅くあばずれ女”を捨ておいて、酔いどれ『かもめ』を演じつつ朝日の中を逆行するのだった。




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