第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。




"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
  2007年がもうじき終わろうとする。このまま油の貢献や軍需戦闘機の購入に、兆円の税金を投入する新年を迎えるのだろう。勿論アメリカの言い値でだ。民間に目を転じると、「自己利益追求の最優先」というお題の経済構造改革が生んだ自由競争は、一部の強者がより強者になる場を保障したが、大部分の労働意欲を喪失させた。マスコミは賞味期限や不当表示を見つけては会社を壊して面白がり、周到な台本でボクシングを演出してスポーツ界を蹂躙して平気だ。企業現場ばかりか教育や医療現場は荒廃の一途、政界はソープドラマを繰り返し官界は巧妙に責任を回避する。金銭のみならず道徳も含めた市場原理はモラル・ハザードで、もはや亡国と言おう。
 内田樹という大学教授が中央公論十二月号誌上で、「戦後レジームからの脱却」に対して「戦後レジームへの回帰」を願って、「58・59年当時、戦後民主主義社会が成熟してきた日本が最も幸福だったと思っている。」そして、「ALWAYS 三丁目の夕日」の興行成績断トツ一位を上げて「共同体の成立」を言っているのだ。笑っちゃうね。そりゃ、亡国売国の今日より戦後復興に向かってスクラムを組んでいた幻想は確かにあった。だが一年後の60年、その経済復興が朝鮮戦争特需と米の軍事同盟(安保条約)にあるとして、十万人のデモ隊が国会を取り巻き死者を出したのは平和共同体だったのか?左翼たる視座―それまで支えてきた共産党は十万人の中にはおらず”暴力行為は止めなさい“と制止の側にいた。以後、議会制民主主義を否定した新左翼の〈暴力行為〉が左翼運動の主流として続くのだが、十月革命後74年の試行を持って〈革命的官僚中央集権国家〉のソヴィエトが崩壊して総てが終わった。直後日本はバブルの崩壊を見て、長かった議会制民主主義という擬制を終えて、共産制民主主義という奇妙な日本独自の体制が続いているというのが実感だ。それで去年の大ベストセラー藤原正彦の「国家の品格」の、ペコペコ外交ではない「跪く心」を持って、「異常な国」を目指すために、
論理を軽んじ情緒を重んじ、
自由と平等と民主主義を疑い、
国家の品格を回復する指標に共感を憶えるのだ。
 今年の「論座」一月号で、「『丸山真男』をひっぱたきたい」と主張した31歳のフリーター赤木智弘の「希望は戦争」が掲載された。負け組の絶望も足りない被害者意識の甘ちゃんの言だが、四月号で多くの著名人が反論をして騒がした。佐高信は「自分の横っ面をひっぱたけ」と叱り、森達也は「戦争で負けるのは君だ」と忠言し、若松孝二は「自衛隊に入るなり戦地に行け」と言って「親や社会に反抗しろ」と促す。戦後丸山真男と「思想の科学」を立ち上げた85歳の鶴見俊輔は「日本の民衆の底に隠されている一種の『テラ・インコグニート』に触れて、「まだ意識化されてないため理論化されていない問題、それに応える思想を進歩的教授も左翼も作りだしていない」と指摘したことは重要なことに思う。
 前述の若松孝二が映画「実録・連合赤軍/あさま山荘への道程」(08年公開)を撮った。赤木智弘がこの映画と正面向き合えるかどうかは知らないし、彼の文章に品格が無くても、鶴見が指摘した「理論化されてない問題」こそ、世代を超えて圧倒的多くの国民が持つ下意識ではないか?昔議会の外から革命を志向して、内ゲバによる大量の屍を築いた後、あさま山荘の攻防で潰えた連合赤軍の衝撃は72年二月だった。俺は26歳だった。別に遅れたとも思わず終わったとほっと胸を撫でたりもしなかった。「理論化されてない問題」を内包したまま、革命論理を後付けして浅間への道を辿ったのだろう。35年間の個有史を追体験させて自同律の不快が襲い、
「実録・連合赤軍」は
仮縫いの傷口をパッくりと開けた
 三時間十分が苦しかったが短かった。映画が記録の芸術だという観点からしても、面白いとか面白くないとかを超えて、並の所業では無い映画的現実が残った。
 遠山美枝子(坂井真紀)と親友の重信房子(伴杏里)の二人の後姿を、愛おしむようにカメラが追い、『さくらんぼの実る頃』(音楽ジム・オルーク)の歌がかぶさる残酷だが美しいシーンが浮かんだ。

 

 

 




このHPに関するご意見、ご感想、ご連絡はこちらからどうぞ。