第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
  2004年正月、「シネマアートン下北沢」は『赤目四十八瀧心中未遂』(監督荒戸源次郎)に続いて、『夜を賭けて』(監督金守珍)の新作で開館の幕を切ったが、企画運営委が提示した旧作上映も同時にプログラムしていった。二月には早や〈80年代傑作選〉として『ションベン・ライダー』(83)や『ラブホテル』(85)の相米慎二の二作品に『天使のはらわた 赤い眩暈』(88監督石井隆)など六作品上映を皮切りに、早くも〈川島雄三特集〉十二作品上映で
全都の中年の足を
若者の街下北沢に向けさせた。
 6・70年代の少年少女を主役にした藤田敏八(当時は繁矢)の『非行少年陽の出の叫び』(67)や大島渚の『愛と希望の街』(59)など監督デビュー作など六作品を〈少年エネルギー〉でまとめ、〈オキナワ映画クロニクル〉では『やさしいにっぽん人』(71監督東陽一)や布川徹郎の『沖縄エロス外伝・モトシンカカランヌー』(71)など九作品を上映した。八月の〈戦争特集〉では『執炎』(87監督蔵原惟繕)や初めて手を出した『二十四時間の情事』(59監督アラン・レネ)など外国作品も混ぜた。撮影、照明、美術など演出部の各パーツの仕事へアプローチする試みの〈シネマ・ギルド〉の第一回目に澤井信一郎の演出術を選び『Wの悲劇』(84)他六本を上映後監督とトークで解析した。11月に入っていた。
 11月6日から一ヶ月間レイトショー枠が空いて、俺に任せるので松田優作特集をやってくれないかということになった。客席を50名の映画館で何が出来るかといった視点をぶれさせないで考える。後年の『家族ゲーム』(83監督森田芳光)、『それから』(85同)、『ア・ホーマンス』(86監督松田優作)の裏面三作に、「動」の個性から幽玄な「静」の演技に転化した『野獣死すべし』(80監督村川透)の四本に決めた。と、ここまでは当り前過ぎか、ギャッツビーのCM映像を本編前に上映しようと思いつき、渡辺企画、電通と相談してCMを作品として流すキッチュな特別企画にした。更に俺はテレビ作品を劇場に持ち込もうと思った。『死の断崖』(82)や『熱帯夜』(83)『断線』(83)もあったが、NHKの『追う男』(86)は連続もので元より尺が合わないとしても、ことごとく手続きが難しく断念した。ならば、本人の死後一年後の90年12月、セントラル・アーツの黒沢満に立って戴いて、由縁ある池袋サンシャイン劇場で行ったメモリアル・コンサートの記録映像はどうかと考えた。崔洋一、梅林茂らと共に企画したステージだった。水谷豊を「クラブ・デジャヴュ」のギャルソンに仕立てて、やってきた原田芳雄や桃井かおりたち24・5名の旧友が優作ソングを一曲ずつ歌うという趣向の舞台劇風だった。黒沢満氏にDVCOMに変換してもらい、貴重で面白いと快諾戴いたのだが、現実には全員名があり肖像権などの認可の問題を回避すべくこれも止めた。  実は松田優作のテレビ作品の本命は、82年テレビ朝日で放映した『春が来た』(演出久世光彦)だった。権利が故久世光彦が立ち上げた制作会社「カノックス」にあったので、旧知の三浦寛治社長と円滑にことが進み、おまけに詭弁を弄して久世光彦をトーク・ゲストとして引っ張り出すことになった。〈遊撃者の伝言/松田優作が後世に残した鮮やかな里程標〉のチラシの隅に、毎土曜日の四回だけだが本編を退けた『春が来た』の注釈を記した。〈この作品の半年前に松田優作・桃井かおり主演で向田邦子の脚本作品『虞美人草』の制作が決っていた。が、向田さんは大韓航空機事故で帰らぬ人となった。向田邦子の劇的な死を乗り越えて実現した久世光彦ドラマが、本邦初の劇場公開される。――売れ残りのOLが男と出会い別れるまでの半年間と、男が女の家族と関わっていく姿を描く『春が来た』〉だった。久世光彦は対談相手の筒井ともみに向かって「お茶の間の日常演技が出来なかった優作」と優しくたしなめていたけれども、桃井かおりの下町のボロ長屋で交す、
 
三國連太郎と加藤治子を加えた
四人のやり取りは
垂涎のシーンの連続だった。
バックにヴェルディの『椿姫』の陽気な歌曲が流れて男は春を運ぶのだけれど、家の中に入り切れず切なさを残して消えて行く。デュマの小説『椿姫』が娼婦と青年の悲恋を描いたように。
 さて、11月15日・16日は世田谷パブリックシアターに出掛けよう。”あなたは最後に何を聞きたいか“と問うた久世光彦の『マイ・ラスト・ソング』を、浜田真理子が歌い、小泉今日子が朗読するからだ。

 




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