第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 去年の2008年を振り返ると、広島にはよく帰った年だった。広島の文化発信に意欲を見せるオリエンタルホテル広島というホテルと、定期的にイベント企画をやっているからだ。八回だとすると一・五ヶ月に一度のペースだから、企画と準備を含めると畳み掛けるような広島の一年だった。とは言え今年も一月から広島行きが始まるのだが、故郷広島に向ったときここ十数年で気持ちの変化が結構あったように思う。64年(昭和39年)、18歳で上京して以来ヒロシマ被爆50周年の95年の8月6日、初めて意思的に広島に行った。行ったと言うのは、元々背を向けていた広島からは母も東京に迎え入れ、墓も東京に移していて、形としては疎遠になった数軒の親戚があるだけで遠ざけていたからだ。心境の変化のきっかけはこの年の広島行きからだった。
 〇04年の前号で書いた「金大煥・如露亦如雷」の一大イベントを追い込みながらも、翌年の一月末に迫った「レディ・ジェーン」の30周年のアニヴァーサリィをどうしようかと、ひとり悶々と頭を抱えていた。五月のゴールデンウィークに広島で年祭大のお祭り〈フラワー・フェスティバル〉があって、そこに出演した黒田征太郎と近藤等則の「ピカドン・プロジェクト」に立ち会っていた。05年はヒロシマ60周年、俺の歳も60歳、「レディ・ジェーン」はその半分だけど、日暮真三が言ってくれたように「30年、酒と音楽と混沌の文化の小片(piece)を重ね合わせ、平和(peace)という巨大なジグソーパズルを織り上げようと」する企みを考えていた。定番のお歴歴の顔と顔、音楽によるおちゃらけ、後はハッピー三〇年のドンチャン騒ぎでは嫌だった。30年の戦後の歴史の中に「レディ・ジェーン」を埋め込んだ上でお祭りをしたかった。それであらゆる場所や空間を毛嫌いして、選んだ所は新大橋のベニサン・ピットだった。戦後から続いた織物染色工場の形をそのまま残して劇場にした、長い音曲演劇の歴史が染み付いた個人的にも多くの思いを残す劇的空間だった。“下北沢にある店のパーティを何で隅田川の川向うでやらなきゃなんねんだ!”というお叱りを受けるのを覚悟しても、お客が付いて来てくれない不安に脅えても、ベニサン・ピットに決めた。
 「敗戦後60年である。今、戦争の20世紀を引き継いで二一世紀はテロと戦争まみれの様相を呈している。17世紀の科学者は、真空を発見し、宙に浮く水銀に気圧を発見した。その後、宗教的回心の歓喜を経験し、『人間は一本の葦にすぎない。だが考える葦である』と哲学者になったパスカルは言った。
 一本の葦は今何を考えているのだろうか。金や物欲や名誉や地位を考えている。一本の葦は生きものの一種類として
その生き方を、地球を、
平和を考えないでどうなるものか。
毀れた地球を繕い直してそこに一本の葦を挿そうよ。
 黒田征太郎がラベルに描き下ろした450本のワインを土産に用意して、皆さんとの風狂の速夜を待ちましょう。回心よりも回天を!」と挨拶文を書いて、何もない空間を劇よりも劇的に、バー・カウンターに配膳テーブル、ステージにスポットライトを仕込んで、三日間の「レディ・ジェーン」を隅田川河畔に出現させるべく、強力ブレーンに呼び掛けた。
  広島の企画を続けて二年半が経った。95年も04年も広島は主張ある都市に見えた。広島に行って外側から見ていたせいかも知れない。ところが地域に根ざした視点で提案を続けていると、内側から透けて見えるのが行政のあり方だ。近々の例では岡本太郎の巨大壁画「明日への神話」の誘致問題だった。広島市と吹田市と渋谷が手を上げて、同じ被爆都市長崎の応援もあり、故岡本敏子の「あの作品はヒロシマに返したい」と語っていたこともあり、広島市は官僚的権威で対応したらしい。ヒロシマは特化されるべきであるが、それを広島は私物化しているのだ。69年の世羅高校長の自殺に始まる、03年の尾道小校長の自殺へと続く校長の自殺の連鎖を引き起こした県教委の姿とダブッているし、俺が04年に掛け合った市文化財団の腰砕け振りも思い出された。秋葉市長の世界に向けた怒りの直言は8月6日だけではないことを願うばかりだ。
 原爆がさく裂した瞬間と人類の〈再生〉を願う5.5m×30mの画は
渋谷駅構内の雑踏の壁で、
振り返られもせず孤立してるよ。
 あッ、〈ガザ空爆 195人死亡〉朝刊の一面だ。

 




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