第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.4.30)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 5月31日の夜中、当稿を書かねばと思い帰宅したが、その気にならずビデオ映画を観ようとテレビの前のマッサージ椅子に凭れた。その椅子は俺には無用で家人の為の椅子だった。いつもはむしろ毛嫌いするように座らなかったが、酔っぱらいの仕業だった。朝十時頃目が覚めたので起き上がろうとすると、腰に激しく電流が走った。ぎっくり腰だった。椅子の凹凸や突起が作用して寝ている間にぎっくり腰になったらしい。もしかして軽視された「人間椅子」の残酷愛の復讐だったのか、いずれにしてもマッサージ椅子でぎっくり腰とはおぞましい。いつかこっそり捨てようにも、一人で持てた重さではない。
 寝たきり状態になったその晩、知人から「大野一雄先生が夕方の4時半にお亡くなりました」と訃報を知らせて来た。〈舞踏〉の先駆者・大野一雄が百三歳だったのは知っていたし、病状もそれとなく聞いていたが、腰の痛みも一瞬忘れるほどの衝撃だった。人間訃報を受ける準備など出来てはいない。大翁の長い人生の中で、浅かったとは言え直接間接的な幾度かの触れ合いが甦って来た。1973年4月、広島市に福屋という大デパートがあって、敗戦の日、被爆にも耐えて骨組みだけを残した屋上から、終戦の号外ビラが撒かれたその福屋デパートの何十周年のイベントが最初の出会いだった。最晩年の幾年車椅子で踊っていた執念が一番焼き付いているが、
“死者のことは誰も知らない”のだ。
別れがあれば出会いがある。
 2005年12月12日、「レディ・ジェーン」のライブを終えたまま飲食歓談していた四時頃、妻から電話があり長女が女児を出産したと言ってきたので、出演者だった渋谷毅、さがゆき、喜多直毅とシャンパンで祝い酒をしたその足で京都に向かった。駅で韓国のサックス奏者・姜泰煥をピックアップして、南禅寺北の坊の宿泊先、日韓交流センターの部屋に上がると急に睡魔が襲ってきたが、演奏場所に挨拶に行く必要があった。06年6月号でも触れたが、三条烏丸にある「素夢子古茶屋」は薬膳薬草茶屋で、京で古い帯問屋のご主人に韓国から嫁いで来た奥さんの沈娟卿が営んでいる店だった。挨拶を済ませてビビンパ粥をご馳走になると、隣で姜泰煥が「本物の昔からの味だ」と言った。その時、或る客が入って来たが奥の葦簀張りに消えた。客ではなくてどう見ても〈舞踏〉の田中泯だった。開演までの時間散歩に出ると、外は身がちじむくらい寒かった。十二月の京都にすっかり眠気は飛んでいた。田中泯からは共演の依頼を以前に受けていて、実現しないまま過ぎていたので、事の次第を察知した俺は姜泰煥の耳元に「今夜乱入者がいるよ」と囁いた。隅々までが古式の様式で設えてある、店内の広く暗い土間で起こった魑魅魍魎の出来事に、座敷の満席の客は言葉を失っていた。終わって、俺が姜泰煥に続いて「そして乱入した男は田中泯でした」と挨拶をすると、ドドッと湧いて素面に戻って感嘆した位だった。主人の誉田屋源兵衛に設けて戴いた帯屋の居間での打上げで、事の次第が露になって行くのだったが、知人の伊従勉京大教授の奥さんに紹介された「素夢子古茶家」が、田中泯の昔から馴染んでいた場だったとは、場が持つ縁起ほど奇妙なことは無かった。
 翌13日は滋賀の近江八幡まで夕方の到着だったので、遅い目覚めでも時間はたっぷりあった。日韓交流センターの桜川邸の裏が哲学の道の入り口に面していた。サックスの練習とクリニックに時間を掛ける姜泰煥を残して、南にブラブラ歩くとすぐ高さを誇る南禅寺の三門だ。湯豆腐ではなくて、城のような高みから五右衛門が絶景かなと叫んだ気分を今更ながら味わい、右奥へ歩くとレンガで出来た堅牢な水路閣が見えた。一見不釣り合いだが、江戸から続く古さが周囲の緑と一体化しているようにも見えてくる。水路閣は琵琶湖疎水を引く水路で、北に下って若王子神社まで続くと、哲学の道で足下を流れる小川になる。辺りはまだ紅葉が残る鹿ヶ谷と呼ばれる一帯で、かっての険しさが忍ばれるが、疎水を下って銀閣寺入り口まで続く哲学の道は、ほぼ平坦なので凡人にも歩きやすい。そして、そういうこともあるのだと、
昨夜のことを柳田邦男が言う
〈シンクロニシティ=同時性〉と重ね合わせていた。

 




このHPに関するご意見、ご感想、ご連絡はこちらからどうぞ。