第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 先月末大相撲が横綱白鵬の優勝で終わったが、63連勝を続けていたその白鵬が二日目に負けた。双葉山の69連勝記録を前の黒星だったが、新聞に「イマダモッケイタリエズ」の文句が舞った。昭和14年に70連勝をなし得なかった双葉山が、師の漢学者に発した言葉が「いまだ木鶏足りえず」と言う荘子の言葉だったそうだ。昔、中国で王の命令を受けた軍鶏の名人が調教をした。十日経って「もう戦えるか?」と王が尋ねると「まだです。むやみに威張っているだけです」。又十日経って尋ねると「まだ他の軍鶏の声や姿に気が立っています」。又十日後「いえ、相手を睨んで見下しています」そして十日後王が尋ねた。「やっとです。他の軍鶏が声を上げても、木彫りの鶏のようにまるで動じません。徳が具わっています」と。尖閣諸島の衝突事件や機密ヴィデオ流出事件におたおたしている政府閣僚を見るにつけお笑い草のまるで<籠鶏>だと思えば、では数日前にNHKの鳴り物入りのドラマ『坂の上の雲』で、日清戦争開戦で清国に攻め入る主人公の秋山真之が艦上で腕ぶして武者震いする場面がたまたまあったが、なんの鶏のつもりだろうか? 故事を生み日本の偉い漢学者を生んだ“父の国”中国を攻め落としているのだ。日清は日露に続き太平洋戦争の大惨事に至った訳だから、司馬遼太郎史観うんぬんではない。歴史を問うのだったら、一日ズレて放映していた全く同じ時代を描いた映画『荷車の歌』(59 山本薩夫監督)に学んだ方がどれほどか良い。<マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや>。
 先月末初めて青森に行った。自分がプロデュースしたユニット「マサラ」のCD&DVD新譜発売のライブ・ツアーがあって、弘前〜盛岡〜秋田〜いわきだった。弘前では津軽三味線の小山内薫と共演した。腕も心もある達者な太棹から『津軽じょんがら節』や自作の『覚醒』の、蕭々と力強く打ち出す音が皮膚に食い込んでくる。翌日、三沢の寺山修司記念館へ行った。たまたま東京から来ていた副館長の笹目浩之が迎えてくれた。映像も飛び出す教室の机が11脚あって、年代ごとに覗き見していくとそれだけで1、2時間は掛かってしまうサーカスの人さらい的仕掛けを堪能した。デビュー作「われに五月を」以前の高校を卒業した18歳の東京で、中井英夫編集長の短歌誌に「チェホフ祭(原題:父還せ50首)」で特選を受け、巻頭を飾ったことを知ったときは衝撃だったが、
覗き見する男に
<木鶏足りえず>は当然だろう。、
 その夜に初雪が降って、翌日も降り続く雪の中を青森に出て歩いていると、浮かんでくるのは友人だった音楽ジャーナリストの故木立玲子のことだった。嗚呼、君の故郷だったよな。1988年からフランス国営放送ラジオ・フランス・インターナショナルでプロデューサーになった彼女は、シラク大統領が核実験をやった時、反核を宣言した音楽家の曲を掛け続けてボスから睨まれるようになった。サルゴジの大臣時代の悪行を取り上げて怒り、大統領になった時は「フランスはもう駄目になる」と俺に嘆いた。国際部の仲間は政治亡命者たちだった。だけど夏は毎年、やれポルトガルだ、ナポリでドルチェ・ヴィータだ、親友のブリジット・フォンテーヌの故郷、ブルゴーニュで1ヶ月逗留だなどと生の優雅さを忘れずに羨ましがらせた。そんな彼女に乳ガンが襲った。自分のガン体験とフランス医療界を検証した「フランス流乳ガンとつきあう方法」(毎日新聞社)を出した。「担当医にね、カクテルドレスが着れるるようにおっぱい切ってねって言ったの」と彼女は無邪気を装って言ったが、帽子を脱いでみせた自慢のショートヘアーは一本も無かった。次いで闘病中に著した「パリのおっぱい、日本のおっぱい」(集英社)で比較文化論を展開した。
 2006年3月9日木立玲子はパリで逝った。日本に帰ってくる度に故郷の青森には帰るが、下北沢の「レディ・ジェーン」経由だった。4月1日に行われた偲ぶ会でやはり友人だったおおたか静流が追悼の『ふるさと』を歌った時殆ど声が詰まってしまった。皆泣いた。終わった彼女が「プロの歌手じゃない」と自分を責めたとき、俺は思い出した。いつか「レディ・ジェーン」でおおたか静流が寺山修司の『戦争は知らない』を歌ったとき、パリから帰っていた木立玲子と俺は隣同士で嫋嫋と泣いてしまったことを。落とし前ってことだろう。
ともかく、荘子の<木鶏>はいやしない。
<木偶鶏>なら五万といるがね。


 




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