第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 去る3月26日、薄くなった夕刊の一面に「映画『原爆の子』60年目のNY上映」の大見出しが目に飛び込んで来て吃驚した。吃驚した理由は何点かあった。第一に、原爆ものはアメリカでは今まで商品にされてはきたが、<反戦>の色がつくと忽ち排除されてきた歴史があった。第二に今東日本大震災の被災下に日本がある時期に開催すること。第三に4月9日から予定していた「原爆を視る」展を目黒区美術館が中止したこと。
 1995年に中止になったワシントンDCにあるスミソニアン航空宇宙博物館の「エノラ・ゲイ50周年記念特別展」があった。館長だったハーゥィットは事前に広島を訪れ、原爆投下した戦闘機エノラゲイ号を巡って、「正確な歴史を来館者に伝え、教訓を学ぶことが目的である」と述べたが、当時の平岡広島市長は原爆を十分表現できる展示になるか疑問だとして、返事を留保したほどの内容だった。アメリカ国民への原爆に対する民意作りが第一目的だったらしいが、それさえも、原爆投下こそ戦争終結に向けて何百万人の命を救ったとする<原爆神話>に執着する退役軍人協会、政府議会、マスコミの強圧的な反発を受けて中止、ハーゥィットは強制辞任に追い込まれた。右傾化した政界では票のため議員は軍人協会を恐れているということもある。監督の99歳の誕生日の4月22日から、ブルックリンのBAMシネマテークで「新藤兼人回顧展」が開かれ、他の九作品と共に『原爆の子』は上映されるそうだ。そんな原爆アレルギー国で名乗りを上げたディレクターは、95年の『ユージュアル・サスペクツ』(B・シンガー監督)が印象深く、08年の『チェ』(S・ソダーバーグ監督)ではカンヌ初め主演男優賞を取った俳優のベニチオ・デル・トロだった。プエルトリコ出身の差別を受けてきた俳優は、今後更に差別を受けることになるのだろうか。『原爆の子』が「カンヌ国際映画祭に五三年出品された際には、米国の圧力を受けた外務省が、受賞妨害工作を試みていたことが、89年に公開された外交文書と関係者証言であきらかになっている」という事実もあるように、
ハリスとお吉の時から
淫靡な関係は続いているのだ。
 では地方自治、目黒美術館はこんな時に実行すると、不謹慎と差別を受けるかも知れないことを恐れて中止にしたのか?それとも自粛とはどういう意味なのか?新聞には副館長の発言として「原爆と原発事故のイメージが重なるため」と書いてあった。??? 一体何を考えているのか人間として分からない。両方悲惨なのに決まってる! だからこそ原爆を通して原発を見直そうということではないのか。君は東京電力の回し者か? 原爆被爆の認識が無いのか、君だけでなく日本は<原爆被爆>と<原発被曝>を分けて考えているところに罪がある。<原爆>は人災です。米日の人災です。<被曝>も人災です。日本の人災です。唯一の被爆国が被曝の恐れがある原発を躊躇無く受け入れて54機も作っている。世界有数の地震国にだ。で、今起きていることは驚天動地なのに、どうして自粛しなくてはいけないのか? テレビで言えば何百何千という日本株式会社が、日頃執拗にCMを流しているのにピタリと自粛した結果、法人ACジャパンが自社制作のCMを繰り返し垂れ流すのは暴力でなくて何なのですか? 元気を出せる者が発言して歌って踊って行動して、被災した者はそこから元気をもらい生に向かう、至極当たり前のことじゃないか。CMは言う。日本人はひとつだ、日本がひとつになったら強くなると。本当か? と言っている間にも、壊れた建屋の中で冷却作業をする人買いを業者は始めている。勿論東電はしない、下請けの協力業者がやることだ。今なら時給何十万円とも言われている。昔から<命の安い>ホームレスが狙われていたことは通例なのに表沙汰にされてない。怖い世界だからだ。だからひとつにはならないんだよ。
 06年、スミソニアンの原爆展が中止になった95年以来11年振りに8月6日の広島にいた。妻と娘連れだったので、出来る限りのヒロシマを見せてやりたいと思って少々気負い込んでいた。平和記念館・資料館−平和公園―アンデルセンー灯籠流しーお好み八昌―市街電車―穴子屋うえ野―宮島−宇品港―旧陸軍桟橋―旧軍用宇品線跡―袋町小学校―比治山―旧ABCC(原爆傷害調査委員会)−黄金山−縮景園。二泊三日の故郷への旅だった。
アメリカ政府指導者は
退任したジミー・カーター以外、
誰一人訪れていない広島だった。


 




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