第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 8月27日、28日の土日に下北沢の街の再開発に関わるシンポジウムとライブコンサートによる「シモキタヴォイス2011/再生」を、疲労困憊の中でようやく終えた。28日のシンポジウムには、各界の著名人に混じって保坂展人区長が参席して、過去4年間のシンポジウムにはみられなかった再開発を見直すという現実的な動きが推測されて、気持ちのよい疲労感ではあった。このことは別の機会にゆっくり述べるとして、さて、個人の仕事に振り返らねばと翌29日メールを開くと、回復力が断然鈍くなった身体に追い打ちを掛けるがごとくある一通のメールを受信した。
 11月に企画している寺山修司関連の企画イベントに、舞台構成上、是非出演を願いたいと思って交渉をして来た人から、11月のスケジュールは別件ですべて埋まってしまったとの返事だった。オープン以来五年間継続しているオリエンタルホテル広島の企画イベントだった。家の奥様は向田邦子の小説「思い出トランプ」に収録されている短編「かわうそ」のように、
「あらま大変、ウッホッホ」てな具合である。
さてどうするか。

 2006年9月17日、十周年を迎えた中国・大連のイタリアン・レストラン「ル・カフェ・イゴッソウ」のアニバーサリー祝賀会があった。中国の国慶節は毛沢東の中華人民共和国の誕生した(1949年)10月1日だが、中秋節(旧暦8月15日)は年々変わるので、政府は七日間の国慶節と三日間の中秋節を抱き合わせて他の日も祝日にしようとするから、去年などは23日間の長期に及び、中に一日ずつ仕事日を作ったので、史上最悪の秋の祝日といわれた。役人の下らなさは日本とも良く似ている。と余計な話に滑ってしまったが、中国では国の命令に従わなくてはいけないのだ。極端にいうと祝日に働いてはいけない、店を例え開けても仕事になんかならない。国民の生殺与奪は役人の気ままな決定に委ねられている、と言ったら言い過ぎか。元へ、十周年の祝いの話だ。旅費の問題があるのでJALに協賛の話を取って、会場も宿泊協賛の大連日航飯店にした。出演者・スタッフ九名御一行は、在瀋陽日本総領事館領事や北京から来てくれた大使やらの歓迎を受けて、連中は初の中国の風習に触れながら派手好きの中国式名月を愛でるパーティを終えた。皆と翌日別れて上海の用事を済ませて一泊した後、福岡空港に戻った。広島に行く用事があったからだ。
 9月30日に竣工レセプション・パーティを控えて、オリエンタルホテル広島は残照を受けて突貫工事中だった。東京から照明デザイナーの藤本晴美が来ているはずだった。外装内装を手掛けた総責任者の空間デザイナー・内田繁始め内田デザイン研究所の人たちは居るに決まっていた。初対面の総支配人・荒木潤一を交えて、まずはお客を呼ぶ初の内覧になる30日の打ち合わせだった。俺は既にホテルの要望もあった山下洋輔トリオの他、さがゆき(歌)+太田恵資(ヴァイオリン)+常見裕司(ウード)によるアラビックなサウンドを、ホテルが造ったチャペルで演奏するとどんな現象が生まれるのかと得手勝手に決めていた。最後にはバー「ウスケボー」のマティーニが待っていた。
 その数ヶ月前の或る日、内田繁と桑名秀弥から電話をもらった。内田繁と俺はインテリア・デザイナーとオーナーの関係で85年、「ロマーニッシェス・カフェ」を西麻布に創ったという因縁があった。ホテル・プランナーの桑名秀弥は96年、唐津で知り合い、「唐津シーサイドホテル」の企画で熱く関わった因縁があった。早い話が開業を控えているホテルがあって、文化発信をして行こうということなんだが、それを引き受けてくれないかという話だった。だけどどうしてこの二人が一緒になって電話を掛けて来ているのか点と線が結ばなかった。人の縁はつくづく面白い。するとそのホテルは何かと俺の内面を揺らせている故郷の広島ではなかったか。その晩会おうということになって一夜の内に話がついた。
 以後五年間大木流の発想のプログラムを受け入れさせている。いわゆるホテルの在り方とはほど遠い、既製品ではなく、あり物でもなく、バンドでもなく、言わば<書き下ろし>の捌きたての鮮度を持った作品をなどと、
口から出任せを言った身から出た錆という奴が、
ブーメランのように眉間を今直撃しようとしている。

 




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