第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
「子供手当」「高校無償化」「高速道路無料化」「農家個別補償」「省庁統廃合」「公益法人の撤廃削減」「普天間基地移設」。これ総て公約にして政権を発足したけれどひとつとしてやってない。もっと大きな違反は暮れの12月23日に発表された「八ッ場ダム建設再開」、反対派の急先鋒だったはずの前原誠司政調会長に言わせると、政権政党は反対だが政府の決定だという。国交省官僚に負けたからだろうが分からぬ理屈で、当初言っていた〈コンクリートから人へ〉のキャンペーンが笑わせる。「原発事故収束宣言」を出したり、文科省が120億円を投じて設置した緊急時迅速放射能影響予測システム「SPEEDI」を、原発事故直後公表しなかったことがバレたり、もはや国の体を為していない。25日に発表された予算案は「脱原発」はどこへやら、最重要に上げる「社会保障=年金」の歳出を、数年後の消費増税を見越して「年金交付国債」にあてがうなど、騙し歳費としか言えない。ところで年金は保険料を25年間納付しないと受給資格が無い。遡って不足分を追納する場合、二年過ぎたら時効で払えないことになっている。実は、24年八、九ヶ月払いながら、数ヶ月で無年金になっている最悪の人が俺なのだ。社会保険庁がかつて不正の限りで世間を騒がした時に喧嘩してやめたけど、後数ヶ月とか時効とか、知らされないので分かる訳がないだろう。国家的詐欺と言わずして何と言う。ところが時効後収納して受給資格を与えた事務所が多々あって、官僚間では動きが取れない問題になっているようだが、小宮山洋子は無能大臣の椅子に座ったままだ。と一年を苦々しく振り返ってみるが、
政をよろしくして音曲や
祭り事が在るというのに、
今の政治には恥も節度も責務も無い。


 12月23日、暗澹たる思いに上塗りするように、森田芳光監督の訃報を背中に受けて、広島のオリエンタルホテルで今年最後のコンサート・ライブをやって来た。谷川俊太郎の詩の朗読と、彼の詩を中心に中原中也などの詩のみに楽曲を付けて、歌のレパートリーにしているDiVA(歌・高橋麻里子、ピアノ・谷沢賢作、ベース・大坪寛彦)が組んだステージは、照明も音響も同時進行のリハーサルで済まし、曲目と詩とおしゃべりの構成を段どる程度で本番を迎えた。音楽って(ゴテゴテ塗りたくった音楽の方が多いから、俺が企画するようなと言った方が良いか)簡単で良いな、映画や演劇や舞踊に比べて製作が簡単で、同量の感情や愉楽や興奮や余韻を、観客に与えることが可能なのだ、と改めて思った。そして悪しき場所から連れ去り、寄る辺の場所に一時的に拉致してくれる。
 06年12月23日、五年前と同じ場所同じ日だった。ホテルが9月にオープンする前から企画メンバーに入っていたが、出演者側と擦り合わせに手間取って、その日が第一回目のコンサートだった。音楽があって、詩やダンスが絡み、絵や書が絡み、写真や映像が飛び交う、町と人が出会う文化の〈場〉の創出を想った。ホテルの催しだからディナーショウか、さもなくば何なのだ? といった中身が把握しにくいステージを意図していたからだ。で、民謡界の異端児として日本各地の町おこし・村おこしに駆け回る伊藤多喜雄、面妖な世界観を持った広島出身のサックス奏者・坂田明、音楽界狭しとあらゆる世界に他流試合を挑む村上PONTA秀一が来てくれた。津軽三味線、ピアノ、ベースを加えたロック民謡の変幻自在に、客は驚き踊り出し、坂田明の唄う広島民謡『音戸の舟歌』も間に挟んで、『タキオのソーラン節』まで、ホテルも驚きの笑いに仕事を忘れた。総支配人が言った。「こんなのがこれからも続くんですか?」「そう、駄目?」「いえいえ、楽しみですねぇ」「ほんと?」と俺。――こうして始まった、漢字「命」の年から「絆」の年まで、五年間のイベント企画を数えてみたら、35回もやっていたよ。望郷こそ力なのか、帰る処に在らざる故郷の広島なれば、それだけやってしまったのかもしれない。
 兎に角〈白兎皮を剥かれて赤裸〉の政治や人の「絆」はポロポロになっていて、〈兎の糞〉のように物事が半端に切れて続かない。この際〈邯鄲の夢〉に終わっても構わない、天空にあっては雲雨を支配し、
水中にあっては宮を司る
〈竜神の髭〉をねらう蟻にでもなろうかと、
〈卯年の不吉〉を断って、
新年に入れ替わる干支に願掛けてみようか。

最後、工事現場で目を覚まして立ちションをすると、井野信義作曲の『紙風船』が流れて朝日が差し込む。小便は路地を流れて道頓堀川へ注ぎ、大阪湾に届く頃はレスター・ボウイのトランペットに送られて、蠅男は神々しく光の中へ昇天した。有終が美しかった。
 ところが12月になって、プロデューサーだった本多徹至が、サントラ版の販売元を見つけてきて出そうということになった。CDにはCDの時間がある。映画に挿入した数曲をカットして二曲を録り直すことにした。ちょっと褒めるとこれだ、金はあるのか?! ミュージシャンの認可は誰がする? 年が明けないじゃないか! と思ったが、作ることは良いことかもしれなかった。
 




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