第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 三日前の東京新聞に慶応大学教授の金子勝が、「未来の世代へ」と題して「この国は『失われた20年』に陥ってきた。」と書いて、「原子力恩恵世代」に警告を発していた。ごく普通に考えても、今や放射線量の高い被災地には、人がいなくなった分、野生動物や鳥類が出現して、雨とともにセシウムをたっぷり吸い込んだ地中で生きる昆虫を食べ、地中の線量水を糧としながら空からも直接浴びた樹木や木の実を食べている。すると日本列島の生態系はどうなるか。現在、稼働している原発は全国五十四基の内一基だけじゃないか。あれだけ政府やマスコミがおバカな日本人を巻き込んで騒ぎまくった<電力不足>はどうなったのか。一流のオツムを持った原発側の策略だったのは、二流のオツムしか持たない俺にだって当時から見え見えだったことだ。正月に出した一年振りの年賀状が、ドサッと百通くらい戻ってきた時、瞬発的に思い巡らされたのが3・11だった。
 こんな悲しい日本に生きていて、三月某日、プロデューサー三名とある映画の企画制作会議があった。未来が無いといわれる今の世の中で、
この映画の企画がが悲しく終わるか、
希望の喜びに終わるかという話をしよう。


 2007年6月28日、下北沢の「レデイ・ジェーン」である映画の企画制作会議を持った。招集したのは企画者の俺だった。監督の廣木隆一、東北新社の映画プロデューサーとアシスタント・プロデューサー、歌手・浜田真理子の事務所・美音堂の市川重樹のメンバーだった。シナリオは監督と脚本家の吉川菜美と俺の三人共同台本だが、第一稿は書き上がっていた。浜田真理子が今も生きる松江、被爆都市広島、東京の隠れ場・下北沢、西の果てポルトガルはリスボン沖のピコ島、この四つの町に生きる人々が人生や人間関係に窮息感を憶えながら、浜田真理子の語るように歌う、音と音、コトバとコトバの<間>の世界に入り込み、寄り添い救われて行く再生の物語だ。我田引水すれば本もなかなか悪くなく、映画化はすぐそこ迄来ていると思っていた。では何故に5年も経った今年三月に企画会議だったのか。
 大体が、ことの始まりは2003年のこと、廣木隆一が映画『ヴァイブレーター』を撮り終えた頃2002年の二月だった。映画プロデューサーの森重晃と「レディ・ジェーン」にやって来た廣木監督から浜田真理子ソングを映画内に挿入したいと相談があってすぐ、後日再び飲みの席で、元NHKのドラマ演出家だった佐々木昭一郎に話が及び、『さすらい』(71)、『夢の島少女』(74)、『紅い花』(76)、『川の流れはバイオリンの音』(81)など一連のドキュメンタリー・フィクションと言ったら良いのか、<詩人の映像>話で盛り上がった。そして、魅せられた俺たちで浜田真理子の<歌を主人公>にして、佐々木昭一郎的な映画が撮れないものかと、「レディ・ジェーン」の片隅の与太話から始まったのが事の次第だった。そのドラマは、大人になった少年少女の母探しだったり、基地の町で青春の失墜だったり、音叉を持って川探しだったりだった。中でも広島出身の俺は、91年のドラマ『ヤン・レツル物語〜広島ドームを建てた男』で新たな史実を知り、彼のドラマを思い浮かべては、コトバが、プラハ、ヒロシマ、アンダルシア、クーリバ、マザー、チェロ、鐘、音、光、四季、夏、川などのコトバが脳内をプリズムにして乱反射した。映画好きにスクリーンの裏に行きたいと秘かに思わない者はいないだろう。廣木隆一は数々の映画を創ってきた映画監督だからともかく、ああだこうだと始めた弥次喜多道中で、ジャズバーの親父も本当に映画になるかも知れないと思い始めた。
 2007年六月、スティーブン・オカザキの『ヒロシマ・ナガサキ』やリサ・モリモトの『TOKKO』が、日本人ではなく日系二世三世の作品が公開され、青山真治監督が故間章の残したジャズに纏わる犯罪的足跡を、生存者へのインタビューによる映画『AA』で追認した。わがシネマ・アートン下北沢では『カメラになった男・中平卓馬』(小原真史監督)や、下北沢の街の再開発のメタファーのような映画として渡辺謙作監督の『となり町戦争』を公開していた。
 さて、廣木隆一作品『Plague Song・世界でいちばん小さな海』の、
苦節構想十年の映画や如何に。
涙は世界でいちばん小さな海なのは分っているさ。

 
 




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