第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 2013年が明けてひと月経った1月二29日、「レディ・ジェーン」の外ではお初の仕事の鬼怒無月・鈴木大介『THE・DUO』のライブコンサートでオリエンタルホテル広島に行って来た。28日、広島空港は積雪十a埋もれていたが問題なく着陸した。広島県行政をいじくった地元に票田を持つ元自民党建設大臣の思惑で決まった新空港は、20年前から発着が天候に左右される全国でも有数な飛行場だ。リムジンバスが発車を待っている時、東京新聞の女性記者から電話が入った。「下北沢駅前市場の玩具屋さんのつみき工房が無くなる話ですが、元々何店ほどあったのでしょうか?」という。調べた記憶があるが忘れてしまっていた。70人の地権者がいて一地権者が何店かの店舗を持っていたので、果たして何軒あったのだ? 圧倒的少数だがまだ頑張って盛業中の店があり、わが店では今でも志村商店の豆や乾物を仕入れていて無くなると困る。そして、今年の春に小田急線の地下化工事が竣工なると、残る広大な跡地と駅前市場を含む区画街路10号線(駅前広場)と、シモキタの中心が廃墟の剥き出しになって無惨な街に急変貌するだろう。
壊れてしまった日本を経済や憲法で
何処かへ持っていこうとしている国と同様、
都や企業の論理や効率が強行されるのであれば、
廃墟や無惨の方がいかほどか良いだろう。

 ところで、下北沢はサブカルを語る文化人類学や社会学の学者たちに<サブカルチャーの街>と言われつづけて来た。民族性や階級制など社会矛盾を大きく孕んでいた欧米の<カルチュラル・スタディーズ>問題追求から生まれた<サブカルチャー>は、日本には根付かなかったが、六十年代から七十年前半の長きに亘ったベトナム戦争下、社会的膿が露呈してあらゆる既成価値の否定が反戦運動とともに行なわれて、それらは<カウンター・カルチャー>と呼ばれた。多分に<アングラ>文化が含まれていて、大きなうねりは新宿でも、下北沢は街全体が早くから<カウンター・カルチャー>のゆるい匂いをぷんぷんさせていた。八十年代にニューアカデミズムが流行り、学問の徒が表に出回りはじめて、漫画、アニメ、ディスコ、アダルト・ビデオ、クラブなどの社会学を取り入れて論じる流れがあった。社会の<マイノリティ>の意思を反映させるとか、確固たるものというより、現象を反映させて膨らませていったものが、日本の<サブカルチャー>だ。そんなサブカルを浴びる街に八十年代の下北沢はいち早くなっていったが、反語たる<ハイカルチャー>に属する音楽や演劇や美術ばかりか、文学や学問までも<サブカル>が取って代わるどん欲状況下で、下北沢は<サブカル>を失った、或は失いつつあると言うべきだろう。経済戦略に負けたというより<愚民>であるということだ。隣りの街・三軒茶屋の三角地帯の活況が下北沢とまさしく反比例するように五年前の〇八年に始まったとするならなんとする。
 今日1月31日、韓国のサックス奏者・姜泰煥の来日ライブの共演者を考えていた時、舞踊家の田中泯から電話があって08年の年明けを思い出した。
 05年の暮れの京都で偶然、姜泰煥と田中泯は会っていた。07年の春に姜泰煥はピアノの高橋悠治と地方五カ所のデュオ・ツアーを終えていた。その年の暮れの京都に、山海塾の岩下徹、画家の小林裕児とツアー中「ひと月前に高田和子さんの追悼で高橋さんとお手合わせして、改めて悠治さんの凄さを味わった」とベースの齋藤徹が俺に言ったので、俺が「春のデュオ・ツアーが終わった時、悠治さんが『今回でインプロヴィゼーションの何かが分った気がしている』と言ったんだよ」と言うと、驚いた齋藤徹がすかさず「そんな発言は希少すぎるよ。きちんと記録にとっといた方がいいよ」と反応した。俺はその時、翌春には姜泰煥を又来日させて、齋藤徹を加えた高橋悠治、田中泯との初顔合わせの来日ライブツアーを企画しようと決めた。
 08年は年明けからプレッシャーがあった。というより企画を楽しんでいた。先述の件を実行する以外に、カルメン・マキが38年間の封印を解いて、デビュー曲の『時には母のない子のように』に向かうツアー企画もあった。で、カルメン・マキを四月に五カ所、姜来日公演を五月に13カ所決めた。
こう言うのは例えば、
<何カルチャー>に属せば良いのだろうか?



 
 
 




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