第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 五日前の3月27日、椎谷建治という俳優の十三回忌にあたる偲ぶ会をやった。元劇団仲間や俳優仲間14、5人が「レディ・ジェーン」に集まった。癌で逝ったのが1997年3月27日だったので当日は祥月命日で、せっかちだった椎谷は花見が大好きだったが、桜の開花を待ち切れず五分咲きの三月末には例年やっていたから、日に合わせて死んだことになる。ところが今年の桜の開花は例年より二週間は早く、ピークの3月23日には、上野の山には過去最高の32万8000人が酔い痴れたそうだ。デパートの花見弁当も例年の千円より倍の二千円弁当から、特価の一万円弁当も売り切れたそうだ。
 <アベノミクス>に踊らされるニュースを流すテレビに出てきた金融アナリストが、「開花と景気は関連している。戦後最長の景気拡大は2002年から2009年のいざなみ景気で、2002年も開花が早かった」などとしたり顔で喋られると、何をか云わんや暗然たる思いになる。土地、マンションは全国的に上昇して、被災地の宮城県石巻市しらさぎ台では、海から五キロ離れているせいで、震災前に比して一区画三百〜四百万円も異常高値となって周辺を恐怖に陥れているらしい。いざなみだろうがアベノミクスだろうが、二極化を激しくするだけで、地方は置き去りにされ地域格差を広めるばかりだ。つい去年には鴨長明の『方丈記』などが取り上げられて、「捨てて生きることの大切さ」―家や都、栄達や人間関係を捨てて生きる<断捨離>の教えの中に<生>を捉え返そうとしていたのじゃなかったのか。二年過ぎたばかりで、放射線量減量も復興も一向に進んでなくて、今は<3・11後>ではないのか? もっとも、マッカーサーが統治する米軍占領時代の昭和31年に
「もはや戦後ではない」と
経済白書にほざいたこの国は恥をさらし、
記憶を捨て歴史を逃げている。

 同じ恥なら歌舞音曲がどれほどか良い。一昨日たまたま映画チャンネルでやっていた『ここに泉あり』(55年 今井正監督)は、高崎の地で群馬交響楽団を苦労して立ち上げた実話の映画だが、殆ど場違いな吾妻鉱山まで山を越えたり、雪に埋もれた山間の公民館だったり、チンドン屋をやってまでも金に窮して、解散を決めて行った尾瀬の山奥で、『金髪のジェニー』を、一生に一度の生演奏を体験した子どもたちと、最後に歌った『赤とんぼ』のシーンにはちょっと正視できなかった。そして数年前、東北の寒村の寺やお宮のお堂で、生まれて初めて演奏を聞く爺さま婆さまの前に立った小沢征爾とロストロ・ポービッチの光景が浮かんだ。
 音曲とは本来は能の謡、或は三味線の俗曲を言うのだが、ここでは広く一般的な歌や音楽を指す。などと言った時「エイ、曲のないもの言いをするな!」と使えば良いのか、向田邦子の小説で『男どき女どき』だったと思うが、ドラマ化したテープは出てきたがベータだったし、本棚は<3・11後>そのままなので調べようがない。只、そつが無くて理路整然と喋ったり時宜通りに返答することや人のことを<曲がない>という。広辞苑には「面白味が無い、すげない」とある。<曲>は曲がっていること、正しくないこと、音楽上の作品のことでもあるから、<曲がある>ほうが人も音楽も面白くて良いとも言える。<曲者>とはひと癖ある人、変人のことだが、
俺の周りには変人つまり<曲者>の
ミュージシャンや表現者が何と多いことか。
そしてみんな社会性を言えば半端な連中ばかりだ。
個を強くすればそうなるのがこの世の仕組みなのだ。

 2008年3月20日、京都在のミュージシャン・山本精一がエッセイ集『ゆん』の出版を記念して、大友良英を相手にデュオ・ライブを原宿でやった。ノイズギターの<曲者>両名がバトルを繰り広げている最中に、西麻布にあったホワイトのママ、ミーコこと宮崎美枝子が逝った。ホワイトは政財界以外の著名人を底引き網のように掬い上げていた店で、殆どミーコの強すぎる個性に依っていた。勿論その個性は<曲>があり過ぎて、それが店内の法律になったようなものだった。だが2003年、そんな彼女の体躯を糖尿病が冒し、次いで子宮ガンが襲った。その内眼も悪くしたにも関わらず店には顔を出した。髪を金髪のかつらで着飾っていて、健常な頃と同じく、ホワイトから一センチでもズレた客をやり込めていた。桜前線が北上中の四日後、偲ぶ会が行われた。

「故人が一番愛した場所
「ホワイト」が別れの場に相応しく、
そこでも店内の桜が見送っていたよ。
 
 




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