第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 気象庁は5月29日、関東甲信越地方が梅雨入りしたと発表するや、天気予報は思わず当たったようで、今日30日は日中から夜中にかけても雨が降り続いている。長年住んでいる街、下北沢という地名は通称だ。駅名は下北沢になっているが、北沢、代沢、代田の一帯をほぼ下北沢と言い、苗代の代だったり、畑の田だったり、起伏に富んだ沢に成り立った街で、駅は沢の中心にあった。駅を南に行った代沢は東西を一キロ流れる北沢川に挟まれた一角で、特に地中は水っ気を多く含んで泥濘んでいる。横光利一は書斎を「雨過山房」と名付けたが、
そんな日本風土が、萩原朔太郎、石川淳、
加藤楸邨、宇野千代、三好達治、田村泰次郎、
森茉莉など多くの文人俳人を呼び寄せたのだろう。

 やや高台にあるわが家も地中は水分を多分に含んだ泥になっていて、建築時に地階を掘ったせいか、31年前から梅雨時になると決まって、夜な夜な蟇かえるが出現して玄関通路にでんと鎮座している。夜中や未明の帰宅時には、といっても毎夜のことだが、それは不意をつかれて驚かす。皮膚は厚く、背中面は黒褐色で、イボイボの突起が無数にあって、人のこぶし二個分くらい大きい。吃驚させておいて、近づいても石のように動かないのだ。あまりにも不貞不貞しいので踏んづけようとしても、態度を変えない。よく見るとなかなか愛嬌のある顔つきをしているのだ。そんな訳で二匹の蟇がえるは長年に亘り梅雨時限定のわが家の同居人になっている。同居人を句作すれば<先住の座は譲れぬと蟇座り>と言ったところだが、夜空を仰ぐと<夜の雨瓦礫に座禅す蟇の声>などが浮かんでくる。この季節、山梔子の花が咲いてくれれば、蟇と山梔子の風情となる。芳しい匂いをまき散らしてはたちまち褪せるが、やがて黄赤色になった実を入れて米を炊くと、サフランライスと見紛うばかりの黄金色の飯になるのは知ってるだろうか?
 呑気に自然に目をやっていると、突如飛び込んできた短歌一首、<夕照はしずかに展くこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで>。29日夕刊の東京新聞の「一首ものがたり」と題した新聞社の文化部長がエッセイで取り上げた、歌人・仙波龍英という人の歌だった。下北沢と同じく、谷の底にある渋谷の駅から渋谷川と宇田川の間の台地を上っていくと、パルコ・パート1、パート2に続いてパート3が目を引いて登場した八一、二年の公園通りの光景だった。<一首>で人目を引く気鋭の歌人になった彼は、「鳩よ!」で人気を得て荒川洋治が経営する紫陽社から歌集を出版、九二年には荒木経惟と共作で『墓地裏の花屋』を出版した。だが93年、「書き下ろし小説の出版が頓挫した」ことにショックを受けた「死への親和性が強い人」だったは彼は、酒に溺れ長い闘病を続け2000年4月10日逝った。48歳だったそうだ。仙波龍英の苛烈な生き方がショックだった。
 時は遡り2008年6月6日、俺の本を出版担当することに決まっていた講談社の編集者が、(同社の)小説現代に移動になったと報告してきた。講談社の別の部署の編集者から、「Mopix」というネット版で下北沢の街の変遷と再開発に絡んだ話のページを作りたいというので、6月3日からピーター・バラカン、リリー・フランキー、柄本明、曽我部恵一、島尾まほ、と五人を対談相手に選んで、「講談社づいているな」と一人ほくそ笑んでいた時だった。「心配要りません。僕の上司に担当を引き受けて貰いましたから」と言われても、心の中ではボツになるんだと覚悟していたら、ずいぶんと時期が経って原稿用紙がドサッと返送されてきた。投げ捨てられたのは二回目だった。時が過ぎた11年、苦節、不可思議な人間関係が縁を繋いでくれて、幻戯書房から晴れて出版することが出来た。その年の秋深い11月23日、突然亡くなった幻戯書房の社長だった「辺見じゅんを偲ぶ会」に参席した。辺見じゅんは短歌の重鎮で、父親の角川書店の創業者である角川源義は俳句の絶大な貢献者だった。
 俺は説明に堕しがちな短歌より、潔い俳句の方が好きだ。と言い放つが、<都市の冷気を伝え>てパルコ群を墓にする奇想力の仙波龍英に、何故死を選んだのかと問いたいし、花鳥風月を排すは良しとしても、
風化する時事句を情緒的に詠む
俳人は如何せんと思うのだ。
ましてやおのが駄句を
如何にせんと思うのは至極当然だ。




 
 




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