第220話 <時代>に生きてしまったら、もう変われない。(13.10.01)
第219話 原爆忌・昭和二十年生まれなり(13.09.01)
第218話 『人間の秘密』はつらい夜を過ごすために(13.08.08)
第217話 逢魔が時は夕方とは限らない(13.07.08)
第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 先月9月22日は「レディ・ジェーン」であがた森魚のライブだった。相変わらずのあがた三昧でライブが終わった。アンコールは相変わらず『佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど』という曲だった。彼が小樽の小学校一、二年時の担任だった先生との間に、山羊の乳、手を噛みつき事件、カレーライスなど、記憶の暴力があって少年の心にはトラウマとなった背景があるのだ。稲垣足穂を父のように尊敬しているあがた森魚は、「美しき穢き婦人に始まる」という小説の返歌として2001年に作った歌が、そのTPSDを元にした「佐藤敬子先生」だった。つまり五十歳代半ばの十二年前になって作った曲を、毎回アンコールに選んでいる。しつこいのではない、行き場がないのだ。曲の前のMCというより、ヴァースのように“今日ぼくの歌を聴いたのなら明日も聴けよ昨日も聴けよ、今日レディ・ジェーンにいるのなら明日もいろよ昨日もいろよ・・・”といったような意の韻文が続いて始まった。相変わらずと言ったって相当な根拠と年期を背負っている虫取り網に麦わら帽子の<少年>なのだ。デビュー四十周年を去年迎えたというのに変わらない、いや変われない、<相変わらず>なのだ。と言って、同じ軌道を周回する動物園のお猿の電車ではない。山手線一周はいつも同じでも、女郎衆化粧のように素早く移り変わる帝都東京の景色ならば、山手線一周は変貌する。自ら変わらなくても時代は無惨に変貌する。そのあがた森魚がライブが終わった後、「佐々木美智子さんって知ってるよね」と俺に訊いてきた。キラキラする人の名を不意に出された俺はアッ、根室出身の佐々木美智子と同じ北海道出身だよなと瞬間思い出して、
二人とも時代の桎梏に嵌った
<変われない>奴らなんだと
忽ち得心した。

 9月28日、相模原の臨済宗常福寺で、定例の「ライブbe」をやった。佐藤允彦のピアノと勅使河原一雅のビジュアル・アートとのインプロビゼーションだったが、毎年四月第一土曜日には、この十数年「死を想え/メメントモリ」と題した講演とライブのイベントをやっているのだが、その企画を十数年やっている。<死>に接近遭遇した体験を持つ斯界の名士に<生>を語ってもらう、かなり赤裸々な内面を剥き出すカソリックで言うところの告解が、境内の満開の桜を眼前に語られる。臨済宗らしい喝破した世界が現出する。
 平成17年(2005年)4月2日、「死を想え」の講演者に俺は佐々木美智子を呼んだ。他二人の講演者は、作家・評論家の吉武輝子と映画監督の原一男だった。1956年、22歳で札幌から上京した彼女は新宿でおでんの屋台を引く。日活で三年勤務の後、写真専門学校で学んで、カメラを武器に日大全共闘の中にのめり込んでいく。68年、ゴールデン街に「むささび」を開店して全共闘の若者や映画人をただ酒ただ食いさせてやり、歌舞伎町に伝説になった解放区「ゴールデンゲート」を開店、1974年、『竜馬暗殺』(黒木和雄監督)で初の映画スチールカメラマンになるが、スペインに脱出。一年後、ゴールデン街に戻り「黄金時代」を始める。1979年、ブラジルに旅たち一年後の1980年、アマゾンの都市マナウスで日本食レストランを開く。マフィアとの銃撃戦などを経て、1988年、サンパウロに移住して日系人のための図書館「沢木耕太郎二万冊文庫」をつくる。1990年には若松孝二監督の『われに撃つ用意あり』のスチールとして参加。1993年に帰国。二年後、伊豆の大島に住み「アマゾンクラブ」を始める。2003年、黒木和雄監督『美しい夏キリシマ』のスチールで参加した時末期大腸がんを発見、アップ直後、釧路の病院に直行入院する。治療を繰り返しながら大島に茶屋をつくり、ゴールデン街で手伝いなどをしているうちにがんがすっかり無くなる。
「私みたいな無名人でいいの?」と佐々木美智子は俺に訊いた。正に「メメントモリ」の中を漂流してきたような人の話は、どんな学識を積んだ人の話より面白いし説得力が有る。それに彼女を知る無頼の徒一人が千人分だとすると、300人の出版記念会は、30万人が駆けつけたことになる。
 2012年の9月、佐々木美智子の新著「新宿、わたしの解放区」の出版パーティは、自身の時代の現認報告映像『いつか死ぬのね』と『アリバイ前編』が会場スクリーンに延々と流れる中、そんな当時の輩で埋まった。
「時代に生きてしまったら、
 もう変われない」彼女は言った。

 

 
 




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