第240話 旨いものは生きている内に食うべし(15.06.22)
第239話 <無銭優雅>を味あわせてくれた男(15.05.20)
第238話 向こうの人もこちらの人も、アルゴンキン・カクテルを一杯! (15.04.01)
第237話 僕が電話をかけてる場所、はもうない(15.03.01)
第236話 『ゴースト』は 戦後70年の川を渡る。(15.02.28)
第235話 <羊が人間を喰らう>という新年を迎えて(15.01.25)
第234話 不易流行の街に棲んで四十八年経った (15.01.09)
第233話 『土の歌』を広島から発信する (15.01.09)
第232話 『不在証明』の共犯者に拍手はいらない (15.01.09)
第231話 奇病・ゆうれい病でわが身を思い知ること (15.01.09)
第230話 ふたつの物語りの、幕がひらかれるのだ (15.01.09)
第229話 “ラ・ネグラ/褐色の女”が讃えた『人生よありがとう』 (15.01.09)
第228話 妖術使いの蛙の歌が聞こえてくるよ (15.01.09)
第227話 中国女の尻追っかけて15年 (15.01.09)
第226話 〈ポポロッカを起こせ!〉、と言うと不謹慎になるのかな (15.01.09)
第225話 音楽家として<黒雨>、書家として<如水>と雅号した人よ。(14.03.01)
第224話 『麦打ち唄』の音曲をどう祝祭すれば良いのだろうか!(14.02.03)
第223話 蕎麦を巡る旅と『ハッシャ・バイ』(14.01.06)
第222話 『浜辺のソプラノ』も昭和歌謡山脈の夢の途中(13.12.01)
第221話 『花巻農学校精神歌』と『ヨイトマケの歌』を繋ぐ知恵の輪(13.11.01)
第220話 <時代>に生きてしまったら、もう変われない。(13.10.01)
第219話 原爆忌・昭和二十年生まれなり(13.09.01)
第218話 『人間の秘密』はつらい夜を過ごすために(13.08.08)
第217話 逢魔が時は夕方とは限らない(13.07.08)
第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 2日前の5月30日、神泉にある鮨屋の「小笹」に行った。気持ちで言えば十年振りほど久し振りだった。店明けから日々満席なのに、当日にしか予約を入れない俺はその間15、6回は断わられていたからだ。だが広島で世話になっている中国放送の事業部のお局・尾崎祈美子が上京すると言うので、初めて数日前に予約を入れたので数年振りに暖簾をくぐれたのだ。名うての頑固親父で親しまれ怖がられた故岡田周三の命日は2004のちょうどこの頃だった。下北沢の本家を継いでいる勉の「小笹寿し」はたまに顔を出している、その兄弟子の寺嶋の「小笹寿し」は銀座だ、更に上の兄弟子のヒデは「桜新町喜よし」を閉めちまってどうしてるのやら、など思いを遣りながらお猪口を口に持っていった時、突如、店がグラッと揺れた。8時24分、小笠原沖地震だった。客一同がざわつこうとした瞬間、丁度握り終えた名物の生地焼きを俺の隣り客の女性に「へい、穴子!」と店主のシゲ(佐々木茂樹)が差し出した。騒ぐ代わりに笑いが起こった。
地震が怖くて穴子が喰えるか!
さすがシゲは名店に育てたもんだ。

シゲが秘めた向上心を見せていたもっと若かった5、6年前、大連と北京の料理店の総経理・藤崎森久を連れていったことがある。
 藤崎は元「レディ・ジェーン」の料理人で、中国で事業展開をしている男で、俺も巻き込まれた。と言っても何もしてなくて、言わば相談役のような関係だ。その藤崎が「北京で鮨屋を新規に出したい」と言ってきたので、「小笹」に連れていったのだ。感動した藤崎は、「東京一だ。目指す鮨屋だ!」と言いつつ、イタリアン店、和食店、デリカテッセン、自家製パン店は手掛けているが、鮨屋はまだやってない。
 2010年6月10日、帰国した藤崎と俺はわが家で作戦会議を持った。鮨の話ではなくて、イタリアン店にイベリコ豚の原木をおきたいと言うので俺は手配を終えていた。そして翌々日二人で成田忠明のワイン・バー「エスペランス」に受け取りにいった。スペイン至宝の世界三大ハムというハモンイベリコ・ベジョータを彼は用意していた。海外貨物は元よりあり得なく、当人藤崎が持って帰るしかなかったので、俺たちは外装を工芸品のように装おった。そして翌日、彼は北京に戻っていった。
 翌13日はベジョータを買い入れてくれた成田忠明が、虎魚好きの俺を知っていて、拙宅で“虎魚と鯵を食う会”を開いてくれた。虎魚は東京湾だったか、鯵は小田原だったか、包丁さばきも鮮やかな彼の手になる絶品の海の旬を味わった。成田夫妻、有賀真澄夫妻、俺たち夫婦と娘の真琴が、富久長、龍勢、腰古井など用意した地酒五種も手伝って悦に入っていると、北京に戻った藤崎から電話が入った。「無事に入国審査を通りました。今、店に持ち込みました。後は台(生ハムホルダー)を大木さんが持ってきてくれるだけです。いつ来れますか?」との報告と催促だった。急かされては仕方ない、俺は翌14日、沖至ツアーのチラシと、シモキタヴォイスのチラシ制作の文言、写真など整え最終チェックを終え、デザイナーにメール発送すると夜中の四時前だった。朝六時ちょっとに家を出て九時発のCA(中国国際航空)に乗るべく成田に向かった。又もや空港で「レイト・チェックイン!」タグを括られた。
 15日11時55分北京空港着。藤崎の迎車でイタリアン「キッチン・イゴッソウ」に着くと、ホルダーを取り出して広いカウンターの上で組み立て始め、イタリアンの怪人沢口知之を私淑する泊シェフに、俺の昼食の注文を出した。開店数日後だった。丁度一年前には六年続いた「ル・カフェ・イゴッソウ北京」の政府による強制退去に立ち会い、店舗は出来ていたが工人体育場(国立競技場)店は、オリンピックが終わるまで営業禁止のお達しが出ていた。中国にいて通用しない理不尽は無い。もぐら叩きのように、にも拘らず日本人でも中国にそれなり居ればたくましくなる。1995年、総ての始まりだった大連のイタリアンが大家の騙し討ちで追い出されたのも同時期だった。空港から東三環路の西朝暘北路の10m南の関東店街の場に、忽ちレストランが二軒も新規オープンする狐に摘まれた思いを味わうのも中国だ。
 翌十六日、藤崎が手を組んだ相棒・安田英樹のアテンドで、隣りはやはり相棒・橋場が腕を振るう日本料理店「GEBA」に顏を出す。鰤大根、鮪の火鍋、虎魚は無かったがカワハギがあった。天津港が外港だがたまに長崎から入れることもあるという。当時から地酒の獺祭や黒牛を入れており、信じられぬことだった。
 大連に居た頃を思えば、六月なら清岡卓行ならずとも、海風の吹く坂の街「アカシアの大連」の麗しさを思い浮かべるのだが、当時は北京もまだ、
シ現在の<1℃の恐怖>や
<世界終末(Airpocalypse)>などの時点には
無かった頃の話だ。


 

 
 




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