第243話 ヒロシマの瘡蓋を剥がしてみたくて(15.09.01)
第242話 『月に吠える』と昔、詩人は言った(15.08.01)
第241話 「イチローズ・モルト」樽No.4077がやって来た(15.07.06)
第240話 旨いものは生きている内に食うべし(15.06.22)
第239話 <無銭優雅>を味あわせてくれた男(15.05.20)
第238話 向こうの人もこちらの人も、アルゴンキン・カクテルを一杯! (15.04.01)
第237話 僕が電話をかけてる場所、はもうない(15.03.01)
第236話 『ゴースト』は 戦後70年の川を渡る。(15.02.28)
第235話 <羊が人間を喰らう>という新年を迎えて(15.01.25)
第234話 不易流行の街に棲んで四十八年経った (15.01.09)
第233話 『土の歌』を広島から発信する (15.01.09)
第232話 『不在証明』の共犯者に拍手はいらない (15.01.09)
第231話 奇病・ゆうれい病でわが身を思い知ること (15.01.09)
第230話 ふたつの物語りの、幕がひらかれるのだ (15.01.09)
第229話 “ラ・ネグラ/褐色の女”が讃えた『人生よありがとう』 (15.01.09)
第228話 妖術使いの蛙の歌が聞こえてくるよ (15.01.09)
第227話 中国女の尻追っかけて15年 (15.01.09)
第226話 〈ポポロッカを起こせ!〉、と言うと不謹慎になるのかな (15.01.09)
第225話 音楽家として<黒雨>、書家として<如水>と雅号した人よ。(14.03.01)
第224話 『麦打ち唄』の音曲をどう祝祭すれば良いのだろうか!(14.02.03)
第223話 蕎麦を巡る旅と『ハッシャ・バイ』(14.01.06)
第222話 『浜辺のソプラノ』も昭和歌謡山脈の夢の途中(13.12.01)
第221話 『花巻農学校精神歌』と『ヨイトマケの歌』を繋ぐ知恵の輪(13.11.01)
第220話 <時代>に生きてしまったら、もう変われない。(13.10.01)
第219話 原爆忌・昭和二十年生まれなり(13.09.01)
第218話 『人間の秘密』はつらい夜を過ごすために(13.08.08)
第217話 逢魔が時は夕方とは限らない(13.07.08)
第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
8月二27日、28日に広島と神戸でコンサートをやってきた。渡辺香津美と谷川公子のユニット「キャッスル・イン・ジ・エア―」という、『ノルウエイの森』や『カヴァティーナ/ディアハンターのテーマ』の他、サントラを手掛けた自作曲の『火垂るの墓』メドレーなど、森や水や大地など自然や人類が起こした悲惨に寄り添った内容で構成したステージだった。去年から広島の大洪水、竜巻、70〜80mmの大豪雨、石垣島の70mを超える瞬間風速、40度に達する気温現象は、総て地球をいじくり過ぎた人間への落とし前だと思えてしまう。二日前の日曜には12万人の抗議のデモが国会に結集したが、エネルギーを最大消費する戦争に向かおうとする国会内にいる奴らは、すでに九州に川内原発を稼働させていて、それに続こうとする全国の二十機の原発が<安全基準>が下されるのを待っている。
 8月28日、神戸に移動する前の時間を盗んで、広島県美術館前のギャラリーでやっていた旧知の岡部昌生展を観に行った。題して「被爆70年祈念連携プロジェクト岡部昌生『被爆樹に触れて』」展となっていた。原爆投下の昭和20年8月6日から70年間、「75年間は草木も生えない」といわれた街で、大地にしっかり根を張り生き続け観察し続けてきた樹木たち。中には根っこから天まで真っ二つに裂けた樹木や空洞を持ったままの樹木が、一度は真っ黒く焼けただれたにもかかわらず、死の底から芽吹き始めて生き延びている170本の樹木が、「被爆樹木」として広島市に登録されている。今、写真と地図とミニ解説付きの図録した被爆樹マップが手元にあるが、それらの樹木を一本一本尋ねて、樹木に紙を押しつけ鉛筆を長時間走らせて木肌を写し取っているのだ。「とがった先端で書くことを教え、粘土版を焼く炎をつくり、紙を与え、そして本を授けたのは、木である。(中略)木の技術が支えてきた文明の長い長い時間が、たったひとつの爆弾によって断ち切られるとは、誰が予想しただろうか」とは、画展に向けた港千尋の挨拶文だ。彼は<フロッタージュ>というこの画法表現を1970年代後半から続けている。岡部昌生と知り合ったのは、広島の地で2004年5月に行われた大イベント「フラワーフェスティバル」内の、黒田征太郎・近藤等則の「ピカドン・プロジェクト」会場で、旧知の女性画家・黒田敬子の紹介だった。その頃彼は、かって日本一の軍港だった宇品港を支えた、563mの長さのプラットホームを持った宇品駅跡をフロッタージュし終えていた。当時ぎりぎり残っていた、全国から集結された召集兵と復員兵の命の跡片は、まさに2004年5月、広島南道路の再開発の地中に隠蔽されて、とっくに見る影もない。
 広島、神戸も<戦後70年>が切り口だったが、8月19日、下北沢の本屋で黒田征太郎と対談した時も、<戦後70年>という言い草は避けて通れなかった。その席で、黒田征太郎が「星条旗が格好よくアメリカに憧れる少年として育った。そして、ぐるぐる巻きに包帯された」みたいなことを言って、その後の20年弱のニューヨーク生活を語っていた。肩をすくめて両手をちょっと上に上げたりしたそうだ。それでかどうか、岩国基地を覗きたくて自転車を跳ばし、ジャズの前には米軍放送のFENを聞きかじっていた元ヒロシマ少年にも、数年前の電車の記憶が甦ってきた。NY暮らしの中のしぐさのまねではなくて日本でのことだ。
 2010年9月7日、広島に行くため山手線に乗っていた。車内放送の英語アナウンスが、渋谷を「シブゥヤ」と言った。恵比寿は「エビス」だったが次がひどかった。目黒は「メグゥーロ」なのだ。気持ち悪くなり気分が荒んできた。すると、五反田で「ゴターンダ」といって俺に追い討ちをかけた。喋っているのは日本人だ。これ上手な英語のつもりなのだろうか。公共の乗り物、しかも、元国電ではないか。どんな田舎出身者でもそんな駅名の発音はしはしない。

<戦後65年>だろうが<戦後70年>だろうが、
<永続敗戦国>の様相があからさまなのだ。

そうやって安倍晋三のように日常生活の見える個所に媚を売り、娼婦ほど律せなくて、娼婦のように日本人は生きてきたのだろうか。平和公園に詩碑となってはいるが、哀れなほど参拝者に捨て置かれている詩碑の人、広島出身の詩人・大木惇夫の詩の歌曲を、広島出身のソプラノ・藤田真弓が歌い、西村雅彦が朗読するステージを企画して、広島に向かう電車内のことだった。余計耳に障ったのかも知れない。
 擦り続けた紙に過去の時間を転位させることは、ヒロシマを、ナガサキ、オキナワ、フクシマを抉る<喪の仕事>に連鎖する。

怪我をした少年の頃、
瘡蓋を剥いでみたくて、
爛れて血に滲んだ皮膚を見た時のように。


 

 
 




このHPに関するご意見、ご感想、ご連絡はこちらからどうぞ。