第246話 青森県三戸郡田子町大字相米字上相米(15.12.04)
第245話 『港が見える丘』から戦後を眺める(15.11.04)
第244話 皆が皆、踊り念仏・空也になればいい(15.10.01)
第243話 ヒロシマの瘡蓋を剥がしてみたくて(15.09.01)
第242話 『月に吠える』と昔、詩人は言った(15.08.01)
第241話 「イチローズ・モルト」樽No.4077がやって来た(15.07.06)
第240話 旨いものは生きている内に食うべし(15.06.22)
第239話 <無銭優雅>を味あわせてくれた男(15.05.20)
第238話 向こうの人もこちらの人も、アルゴンキン・カクテルを一杯! (15.04.01)
第237話 僕が電話をかけてる場所、はもうない(15.03.01)
第236話 『ゴースト』は 戦後70年の川を渡る。(15.02.28)
第235話 <羊が人間を喰らう>という新年を迎えて(15.01.25)
第234話 不易流行の街に棲んで四十八年経った (15.01.09)
第233話 『土の歌』を広島から発信する (15.01.09)
第232話 『不在証明』の共犯者に拍手はいらない (15.01.09)
第231話 奇病・ゆうれい病でわが身を思い知ること (15.01.09)
第230話 ふたつの物語りの、幕がひらかれるのだ (15.01.09)
第229話 “ラ・ネグラ/褐色の女”が讃えた『人生よありがとう』 (15.01.09)
第228話 妖術使いの蛙の歌が聞こえてくるよ (15.01.09)
第227話 中国女の尻追っかけて15年 (15.01.09)
第226話 〈ポポロッカを起こせ!〉、と言うと不謹慎になるのかな (15.01.09)
第225話 音楽家として<黒雨>、書家として<如水>と雅号した人よ。(14.03.01)
第224話 『麦打ち唄』の音曲をどう祝祭すれば良いのだろうか!(14.02.03)
第223話 蕎麦を巡る旅と『ハッシャ・バイ』(14.01.06)
第222話 『浜辺のソプラノ』も昭和歌謡山脈の夢の途中(13.12.01)
第221話 『花巻農学校精神歌』と『ヨイトマケの歌』を繋ぐ知恵の輪(13.11.01)
第220話 <時代>に生きてしまったら、もう変われない。(13.10.01)
第219話 原爆忌・昭和二十年生まれなり(13.09.01)
第218話 『人間の秘密』はつらい夜を過ごすために(13.08.08)
第217話 逢魔が時は夕方とは限らない(13.07.08)
第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
 2010年12月1日の朝、八戸線の本八戸駅から八戸駅に向っていた。弘前で『マサラ』のライブを終えて翌日、韓国の延秤島を北朝鮮が砲撃して四人の死者と多くの負傷者を出して、緊急発進体制下にあった初雪降る三沢基地の隣りの寺山修司記念館を訪ね、浅虫温泉で身体を休め、五所川原の窯元金山焼きと廻って、前夜は青森駅から上り最終便で八戸駅で降りた。すると、八戸駅周辺は何もなくて、宿泊やバーなどは総て乗り換えて二駅目の本八戸駅だった。翌日、チェックアウト時間にホテルを出た俺は、その日には東京へ帰る必要があって急いでいた。そのために青森泊りでなくて、三戸に近い八戸に宿を取ったのだ。八戸駅から南の三戸方面に乗ろうとすると、在来線の東北本線なのにJRではなくて青い森鉄道だった。乗車時間は30分弱だったが、1時間半に一本しか来ない。焦るのを諦めてのんびりとローカル線を楽しむしかなかったが、一昨夜降った初雪の積雪が南下するほど深くなっていくのか不審だったが、南下しつつ内陸に向ってたと帰宅後地図で知った。
 三戸駅前の一軒しかないタクシー会社はすぐ見つかった。「あの、亡くなった相米慎二監督の墓に行きたいのですが?」と訊くと、その運転手は待ってましたとばかりに、「はい、相米さんのお墓ですね。分かりました!」と、さも人の良さそうに言った。長く彼のマネージャーだったムスタッシュの田辺順子から、手書きの地図を郵送してもらい、「青森の最南の三戸からか、岩手の最北の二戸からどちらからでも行けるが、三戸からの方が良いだろう。それは道順はおろか、相米慎二のことや相米家のことを学習している運転手がいるから」と、注意事項に聞いていた。自家用車でない限り他の交通手段はないようだ。タクシーが走り出した後も、聞いていた通りのその運転手は総てを知ってそうに、何処から来たのか、どういった関係だったのか訊いてきたので、「運転手さん、随分と相米のこと詳しいですね」と言うと「何人のお客さん、連れてったか分かんないぐらいだね。随分経ったから。ところどころ雪だけど、1時間は掛かんねえと思う」と言った。
 約1時間後、辺り一体が相米村になったと運転手に教えられ吃驚したが、相当西の山間部に入ったところで車を止めた運転手が、指をさした小山はすっぽりと雪を被っていた。途中運転手の案内で手に入れた、線香と花束と四合瓶が両手を塞いでいた。「そこを◯◯に曲がって、その先の◯◯番目が相米さんの墓です!」と、遠く言われる通りに登っていったが、畦道ほどの狭さの山道は、雪を被っていて足の踏み場が分からない。何回となく滑り落ちた。見かねた運転手が走って駆けつけ、尻を押してもらってなんとか辿り着いた俺は、折れかかった花と、線香、酒をやっと墓前に捧げた。
 そこら辺のものを拾ってきた、運転手が雪掻きをしてくれた畦道を下ると、「お客さん、折角なんであにさんとこ行きましょ」と言って連れて行かれると、すぐさま相米にそうは似てない兄夫妻に迎えられた。お茶を戴きながら3、40分は色々と話した縁側話にも関わらず、釧路から上京した北海道人だとばかり思っていたのに、故郷が相米村の相米だったと、何故に言わなかったのかは未だ知らない。それほど奥の山間地とはいえ、地名を戴くほどの家なら、次三男故に家を出て行く事情があったとは思えないが、
そこは相米得意の〈自己韜晦〉という他はないだろうが、
相米村に少年から青年時代にもしいたなら、
映画との出会いは無かった言えるかも知れない。

 墓参りなのに、執事が総て面倒を見てくれるので、感傷を呼び込む隙もない。三戸駅までの帰りのタクシーも、一時間近くたっぷりとあった。「さっき、私の数ヶ月前に、小泉今日子さんが訪ねてくれたと、あにさんが言ってたけど、あなたが乗せてったんですか?」「いやあ私でしたよ。あれは◯◯頃でしたね。相米さんのところの女性がご一緒してましたね。」「ああ、その方は田辺さんといって、相米監督の面倒を一途に見てた感謝すべき人ですよ」「へえ、そうみたいですね。何度も見た人ですから」などと、時間をやり過ごす会話に調子づいた。
 1973年の出会いだから37年前か、死んで九年も経つのかなどと改めて計算したのは、八戸駅まで戻りがらがらの東京行きの新幹線に乗り込んでからだった。
2新宿と下北沢を往復して、よく遊びよく遊んだが、
R・アルトマンの話はよくやった。

1975年、俺はバーの店主になり、日活を止めた相米は一九七六年、『青春の殺人者』(長谷川和彦監督)の助監督でリスタートを切った。  2001年5月10日、俺が企画したコンサートにお忍びのように現れたのが最後。四ヶ月後の9月9日、癌で逝った。
 

 
 




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