第257話 2016年10月27日の無間綺譚(16.11.13)
第256話 匂いおこせよエンドルフィン、わが思う人ありやなしやと(16.10.13)
第255話 世界は紅蓮の炎に燃えているのに、金だ!(16.09.13)
第253話 下北沢には時の洞があった(16.07.13)
第252話 夏はきぬ。またあの夏はきぬ(16.06.13)
第251話 歴史の資料館は十分も有れば済むのか(16.05.13)
第250話 <能>と言える日本人になってみろ(16.04.13)
第249話 風雪、一枚の筵で耐えている(16.03.13)
第248話 引退したひとりの舞姫、ひとりの歌姫(16.02.13)
第247話 ピアソラと同じ石畳を歩いてスタジオに入った(16.01.05)
第246話 青森県三戸郡田子町大字相米字上相米(15.12.04)
第245話 『港が見える丘』から戦後を眺める(15.11.04)
第244話 皆が皆、踊り念仏・空也になればいい(15.10.01)
第243話 ヒロシマの瘡蓋を剥がしてみたくて(15.09.01)
第242話 『月に吠える』と昔、詩人は言った(15.08.01)
第241話 「イチローズ・モルト」樽No.4077がやって来た(15.07.06)
第240話 旨いものは生きている内に食うべし(15.06.22)
第239話 <無銭優雅>を味あわせてくれた男(15.05.20)
第238話 向こうの人もこちらの人も、アルゴンキン・カクテルを一杯! (15.04.01)
第237話 僕が電話をかけてる場所、はもうない(15.03.01)
第236話 『ゴースト』は 戦後70年の川を渡る。(15.02.28)
第235話 <羊が人間を喰らう>という新年を迎えて(15.01.25)
第234話 不易流行の街に棲んで四十八年経った (15.01.09)
第233話 『土の歌』を広島から発信する (15.01.09)
第232話 『不在証明』の共犯者に拍手はいらない (15.01.09)
第231話 奇病・ゆうれい病でわが身を思い知ること (15.01.09)
第230話 ふたつの物語りの、幕がひらかれるのだ (15.01.09)
第229話 “ラ・ネグラ/褐色の女”が讃えた『人生よありがとう』 (15.01.09)
第228話 妖術使いの蛙の歌が聞こえてくるよ (15.01.09)
第227話 中国女の尻追っかけて15年 (15.01.09)
第226話 〈ポポロッカを起こせ!〉、と言うと不謹慎になるのかな (15.01.09)
第225話 音楽家として<黒雨>、書家として<如水>と雅号した人よ。(14.03.01)
第224話 『麦打ち唄』の音曲をどう祝祭すれば良いのだろうか!(14.02.03)
第223話 蕎麦を巡る旅と『ハッシャ・バイ』(14.01.06)
第222話 『浜辺のソプラノ』も昭和歌謡山脈の夢の途中(13.12.01)
第221話 『花巻農学校精神歌』と『ヨイトマケの歌』を繋ぐ知恵の輪(13.11.01)
第220話 <時代>に生きてしまったら、もう変われない。(13.10.01)
第219話 原爆忌・昭和二十年生まれなり(13.09.01)
第218話 『人間の秘密』はつらい夜を過ごすために(13.08.08)
第217話 逢魔が時は夕方とは限らない(13.07.08)
第216話 花や鳥や風や月は謳い、では人は何を詠うのか(13.06.04)
第215話 『最後のニュース』のあなたとあなたとあなた(13.05.04)
第214話 西行に倣い、桜に葬られて(13.04.04)
第213話 『BEETLE』は止まり場を求めて(13.03.04)
第212話 2008年は「春のめざめ」だった(13.02.18)
第211話 『音戸の舟歌』で巳年を迎える(13.01.08)
第210話 歳末に<引かれもん小唄>を歌いたくはないが。(12.12.12)
第209話 『平家物語』の舞台は東北だった(12.11.12)
第208話 “宮さん、宮さん”を今さら歌えといわれても(12.10.12)
第207話 『朗読とジャズのシモキタ・ジャンクション』の馴れ初め(12.9.12)
第206話 今年の『シモキタヴォイス』も始まりは2007年だった(12.8.8)
第205話 昭和の歌『月がとっても青いから』>(12.7.8)
第204話 雨中行軍する<ライカで下北沢>(12.6.8)
第203話 「ザ・クレードル」のまぼろしを巡りながら(12.5.10)
第202話 『SONG NEVER SANG』を、今一度響かせたい(12.4.12)
第201話 人間の第七官に響くやうな詩を書いてやりませう。(12.3.27)
第200話 しみったれたノスタルジーから『あゆむ街』へ=『ウイ・インシスト!』(12.2.20)
第199話 瀬戸内に揺れる<邯鄲の夢>か『音戸の舟歌』(12.1.19)
第198話 蠅男は『紙風船』と朝日の中に昇天する(11.12.16)
第197話 キジムナ又はラッコと『あのころ』(11.11.16)
第196話 あの夜が今よみがえる『YUSAKU MUSIC NOTE』(11.10.12)
第195話 人の縁も軽口も、人生は『ブーメランのように』(11.9.9)
第194話 敗北した時は『見上げてごらん夜の星を』(11.8.10)
第193話 東京でいつか観た<ナシ族歌舞>と<東巴文字>(11.7.19)
第192話 『想いの届く日』をレコーディングしていた頃(11.6.10)
第191話 巨人の『怪談・牡丹灯籠』を下北沢で続ける(11.5.11)
第190話 『原爆許すまじ』の歌、歌えますか?(11.3.30)
第189話 聞こえるや、『十九の春』のうめき声。(11.3.30)
第188話 『般若心経』をゴラン高原に響かせてみたい(11.1.10)
第187話 満月を盃にくだきて、暫し、酔ひて勢えよ(11.1.10)
第186話 『ふるさと 』の青森に<木鶏>を尋ねる(10.12.3)
第185話 『言うなかれ、君よ、別れを』と言って、人は逝くのか(10.11.15)
第184話 <ヴァーチカル・ドラム>にシモキタが一ミリ動いた。(10.10.3)
第183話 あの頃『アムトラック・ブルース』が流れていたよ。(10.9.3)
第182話 「無悟」と「無垢」の違いが判らない。(10.8.3)
第181話 『夜のカフカ』のシナップス(10.7.3)
第180話 魑魅魍魎を哲学すると(10.5.15)
第179話 FLANEUR(ブラブラ歩き)は止まらない(10.4.30)
第178話 チンドン音楽の出番ですよ(10.4.12)
第177話 小判で面張る今様下北沢(10.3.5)
第176話 『茶々&ちび〜三角橋の猫の歌』流れる街をどうしようと?(10.2.10)
第175話 シューベルトの『あすなろ』を歌えと言われてみても(09.12.25)
第174話 日本人の笑顔と風のインプロビゼーション(09.12.25)
第173話 「世界はときどき美しい」と思いたい。 (09.10.6)
第172話 『雨が空から降れば』しょうがない不条理 (09.9.3)
第171話 『浅い眠り』の街下北沢にて候。(09.8.12)
第170話 『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど(09.7.3)
第169話 「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い(09.6.5)
第168話 『明日という字は明るい日と書く』のですか?(09.5.7)
第167話 「ヤマテピアノ」は旅の空を飛ぶ(09.4.3)
第166話 ジャンゴを聞きながら大分を巡る(09.3.7)
第165話 大川に紅涙流れて(09.1.30)
第164話 あなごは旨いが、逃した「明日の神話」はでかい(09.1.13)
第163話 『恨五百年』の音を幻聴する(08.12.4)
第162話 『椿姫・前奏曲』は春の訪れ悲恋の訪れ (08.11.10)
第161話 水の惑星で聞きたかった『セイレーン』の歌 (08.10.8)
第160話 『シネマアートン下北沢』の鳴動 (08.9.9)
第159話 三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい (08.8.1)
第158話 『いつかギラギラする日』にラスト・ダンスを (08.7.8)
第157話 今様『梁塵秘抄』に戯れて (08.5.2)
第156話 シモキタに江戸前の風が未だ吹いている。 (08.4.4)
第155話 『如露亦如雷』の響、海峡を渡る。 (08.3.1)
第154話 街のすきま風をジャズが塞いだ時代があった (08.2.8)
第153話 英哲の『若沖』で年は越してはみたが (07.12.28)
第152話 『さくらんぼの実る頃』は愛の悲しみ (07.12.11)
第151話 下北沢に『不死身の花』が咲くころ (07.11.05)
第150話 映画よ あれがシモキタの灯だ (07.10.15)
第149話 「ロンリー・ウーマン」はトリガーに指を掛けた (07.09.04)
第148話 P.グラスの鉱物的ミニマル交感 (07.08.03)
第147話 今から『風をあつめて』おくために (07.07.03)
第146話 『MASAЯA SCOPE』は土空火水を駆ける (07.06.02)
第145話 『ゲンズブール委員会』への招待状 (07.05.08)
第144話 CAVA BIEN?『MASARA』 (07.04.05)
第143話 ボリス・ヴィアン気取りの『北京の秋』から始まる (07.03.08)
第142話 〈美しい国〉から『七福神の歌』が聞こえる (07.02.01)
第141話 『井戸の茶碗』なる地縁血縁 (07.01.05)
第140話 歌っとくれよ「ゴンドラの唄」を (06.12.05)
第139話 正調『満月の夕』が浸みた。 (06.11.01)
第138話 沖縄―アイヌを結ぶ『シンクロニシティ』 (06.10.10)
第137話 『八月の種』の種撒き唄を歌って (06.08.31)
第136話 「檸檬」と『セントジェームス病院』と (06.08.02)
第135話 『諷誦文』の唱導をいつか聴く日 (06.07.13)
第134話 K・D・ラングの『カウガール・ブルース』 (06.06.15)
第133話 『国境の南』ーバハカリフォルニア (06.05.16)
第132話 朝日の中 下北『かもめ』は翔ぶ (06.04.13)
第131話 伝播する『花心』の基礎体温 (06.03.09)
第130話 『吾唯知足』の教えに行雲流水する (06.02.01)
第129話 新年を繋ぐ交感神経作用 (06.01.06)
第128話 『アルフェンティーナ』の月ヶ瀬幻視行 (05.12.05)
第127話 ミドリブタと歩く街流れる歌 (05.11.02)
第126話 昭和を記憶する『夢であいましょう』 (05.10.01)
第125話 『禁断の果実』を求めてジャズの茨の道へ (05.09.06)
第124話 色即是空と『グラナダ』食い合わせ (05.09.06)
第123話 『ラプソディ・イン・ブルー』の不意打ち、『草原情歌』の余韻 (05.07.05)
第122話 『何日君再来』を君と聴く日 (05.06.03)
第121話 『般若心経』を教科書で読む日 (05.05.10)
第120話 下北ノイズの生まれる街で (05.04.01)
第119話 『ホエン・アイ・ワズ・ヤング』は今歌えない (05.03.04)
第118話 ヴェトナム人が見る『ジョージア』の夢 (05.02.01)
第117話 『ゴジラ』の年からヒロシマの年へ (05.01.01)
過去コンテンツも徐々に掲載します。


大木雄高 おおきゆたか
1945年生まれ。大学時代から小劇団を組織し、60〜70年代の同時代演劇を、作・演出・役者として手がける。78年以降は定期ライブのほか、「下北沢音楽祭」、「松田優作追悼コンサート」等をプロデュース。下北沢"LADY JANE"オーナー。"音曲祝祭行"は"音曲祝祭考"としてアサヒグラフ誌に98年1月から6月まで計24回を連載していたものを、連載終了を期に装いも新たに自主制作版とWEB版で復活させたもの。



 

"音曲祝祭行"は下北沢"LADY JANE"にて月1回部数限定で発行しています。
 
  ボブ・ディランのノーベル文学賞を巡って、あれこれとうるさい。「文学」の初源が「詩」であったとするなら、大昔から詩は朗唱されてきたし、ボブ・ディランだって、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ界隈の路地で、ストリート・ミュージシャンをやっていた頃から、人前で自作「詩」を歌っていた半世紀以上のキャリアがあるから当然だ、という言い方がある。又は、それは「詩」ではなくて歌を歌うための「詞」であって、歌われてこそ初めて成立する言葉だから「文学」ではない、という言い方もあるだろう。では、「戯曲」なら「文学」で、「台本」なら「文学」ではないのだろう。こんな事、大昔から争われて来たことで、本質の突きようがないだろう。
 そんな10月27日に、昭和天皇の弟の三笠宮崇仁が亡くなったと、新聞の大見出しにあった。不敬に当たるのだろうか、「ひげの殿下」の父親くらいしか知らなかったが、「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中」と言い切り、「忌まわしい暴虐を行ってきて何の皇軍か」と激して、「戦争は罪悪だ」と自著に記していたそうだ。と思えば、「『宮』は神棚に上げられるような感じがする」から「三笠さん」と呼んでくれとも言ってたそうな、親しみのある方だったと無知を恥じ入ると同時に、百歳まで生きた偉大な宮家の方の意見は、
これぽっちも今の世に
反映されなかったのかと
腹立たしくもなった。

そう、同じ10月27日、ニューヨークの国連総会第一委員会が核兵器を法的に禁止する条約の制定交渉決議案を賛成多数で採択したが、「日本政府は反対に回った」のだ。「核軍縮は保有国と非保有国が協力した国際社会の総意の下」で決めるべきだからという理由で、フィリピンのドゥテルテ大統領の言い方をすれば、ポチはご主人の米に配慮し、英、仏、露に同調した。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマが泣いている。いくら水で出来ているニンゲンでも干涸びてはミイラになるだけだ。その前に、涙が涸れる前にやることがあるだろうなどと考える。一九七四年に「見るまえに跳べ」と言いながら、「見ているやつと跳ぶやつと二種類ある」と言って、前者を選んだノーベル文学賞受賞の「遅れてきた青年」が鮮やかに浮かんだ。中東はおろか、世界を見渡せば
あちこちに無間地獄も
同時に浮かんでくるけど、
俺もここでは前者なわけだ。

 10月27日も夜になって、そこでカウチに寄りながらテレビのスイッチを入れると、『草原の実験』という映画をやっていた。2014年のロシア映画だが、1949年にソ連時代のアフガニスタンで起こったある事件が背景にある。封切り時は渋谷のイメージ・フォーラムの単館上映だったが、同年の第27回東京国際映画祭で、WOWOW賞と最優秀芸術貢献賞をW受賞した他、各国映画祭で作品賞はじめ監督賞、撮影賞などと共に、ロシア版アカデミー賞に相当するニカ賞最優秀音楽賞の音楽家はアレクセイ・アイギだった。台詞を一切排した映像と音だけで進行していく。時空間や人間関係も推測するばかりだ。アジア系の父親と圧倒的な美少女の子が、モンゴルらしき大草原にぽつんと暮らしている。その繰り返しであるのに、陽を透く長髪と透き通った少女から目が離せない。そして、水と火と時々SFタッチと、タルコフスキーを彷彿させるアレクサンドル・コット監督の、映像美に擦り寄るかのように音楽が忍び寄る。それくらい音楽は無い。ある時はモンゴルの女性ホーメイが流れ、ある時はピアノが単律で流れる。何も起きないのどかさに身を任せていると、どうやら放射能で親を失ったのだ。そして、少女が一本の木立の側にあるベンチで、穏やかな風を抱いてあやとりをしていた時だ。天地逆巻き、客は一挙に息を詰めることだろう。ほら、ここにも無間地獄は始まっているのだ。
 2012年3月18日、ヴァイオリニスト・アレクセイ・アイギは、「レディ・ジェーン」にやって来た。正確には、ライブ予定のピアニストが痛恨の指の怪我で叶わず、太田惠資がトラの共演者としてたまたま来日中の彼を連れてきたのだ。つまり、言うならば無国籍フィドラーVSロシアン・アバンガルドの荒野の対決だった。
 こうした逢瀬はたちまち互いを魅き付ける。翌年モスクワのスタジオで録ったデュオ録音は、火もあり、水もあり、土もあり、風が吹いていた。再びやって来たアレクセイ・アイギと太田恵資のコンサートを企画した俺は、『ポルタメント島奇想曲』のアルバムの帯に乞われるままにキャプションを付けた。
「ここには、あらかじめディアスポラ=離散された日露の二人の、メランコリックなミニマルや、情動のパッセージに満ちた、ユーラシアの息吹が詰まっている。」と。
 

アレクセイよ、今度来る時はお願いだ。
あの少女エレーナ・アンと一緒だよ!
 




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